メカ設計者たちよ、ニッポンの製造業を救え!(下):エンジニアスジャパン 加藤社長インタビュー(1/2 ページ)
韓国企業の強みは、生産技術を日本から学び、設計技術を欧米から学んでいること。「ニッポンが一番!」だと思っているのは日本人だけなの?
前回(上)に引き続き、エンジニアスジャパン 代表取締役社長 加藤毅彦氏にお話をお伺いしました。今回もまた日本の製造業と設計についてがテーマですが、少し視点を変え、お隣韓国の製造業事情と比較していただきました。
――御社の顧客でもある韓国航空宇宙産業社のことや、韓国の製造業のことを教えてください。
韓国航空宇宙産業社の設計プロセスは、自動化とデータマネジメント仕様になっています。戦闘機だろうが、練習機だろうが、ヘリコプターだろうが、輸送機だろうが、どんなものでもインタラクティブに設計を選択し、プロセスとデータ管理を自動的に進めることが可能な設計システム環境を現在弊社と共同で構築しています。
この会社が、なぜそういうことができるのかというと、もともとそれぞれで別会社だった重工業会社3社の航空宇宙部門をまとめて1つにした会社だからです。だから名前も「韓国航空宇宙産業社」と、そのまま国の航空宇宙産業を代表する名前なのです。まあ、日本でいえば……三菱重工とIHI(旧:石川島播磨重工業)と川崎重工の航空宇宙部門がくっついたようなものでしょうか。
しかもこのように、何十社とあった企業を数社〜1社にまとめ、技術力や財力を集約させることにより国際競争力を高めるということを韓国が国策として行っているのです。以前は、日本と同じように十数社で競合させることにより競争力を向上させるというようなことをやっていたのですが、アジア通貨危機を機会に、そのようなやり方では限界が来ると国が判断したようです。
その成果が出ているのか、韓国の製造業は彼らの狙いどおり、明らかに国際的競争力が高くなっていると思います。製造するものの性能も品質も、日本並み、いや……最近は日本よりもいいものを数多く持っていると世界に評価されていると思いますよ。
特に携帯電話の業界では、いまのところサムスン(三星)電子が世界で3番目のシェアといわれています。アメリカやヨーロッパの携帯電話売り場に行くと、みんなサムスン製のものが多く置いてありますよ。ちなみに、キアヌ・リーブスが出演した映画「マトリックス」の3作目の劇中で使っている携帯電話もサムスン製なんですよ。欧米ばかりではなく、中国などアジア圏でも大きなシェアを持っています。
――引き換え、日本の製造業はどうでしょうか。
だんだん国際競争力が落ちてきている傾向だと思います。
20年ぐらい前、日本の半導体企業は10社ぐらいあり、お互い競合し合うことで技術力を高めようとしていました。しかし結局、高め合うどころか、みんなで足の引っ張り合いをしていたのです。せっかく日本はメモリ技術で世界一となったのにもかかわらず、研究開発に対する各社のクリティカルマスが十分でなく世界で戦う競争力をどんどんなくしていきました。遅ればせながら、現在やっと数社に集約されつつあるという状況ですね。
それから、電気や化学、薬品の企業は、いまも数多く存在しますが、その多くが国際レベルでは中企業規模です。そのため資本も小さく、研究開発費が十分ではない部分を知恵と経験と根性でカバーしているのが実情です。
――日本の製造業界では、若手技術者の理系離れによる技術者不足が問題視されているようですが、どのようにお考えですか?
特に学生さんたちの間で“製造業の機械技術者”といえば「きつい」「汚い」「危険」、いわゆる「3K」の職業というイメージが強いようですね。
プログラミング等で優秀な人たちは、製造業や産業系のソフトウェア企業に行きたがらず、ゲーム業界に行ってしまいます。製造業で物を作るより、ゲームを作った方がいいと思っているからのようですが……。ゲームは、作るのも楽しいし、そのうえ、一発で大きくもうかることもあるわけですから。
いまの若手技術者は、ゲーム等の経験のため3次元CGの画像が頭に浮かぶ世代で、すなわち3次元CADを容易に使いこなせる世代ということになるのですが、残念なことに、製造業になかなか興味を持ってくれない現状のようです。
――一方、韓国の技術者事情はどんな感じですか?
ゲーム業界の人気は、韓国も同じです。でも韓国では、製造業の技術者たちが世の中でいいポジションにいて、好待遇を受けています。そのような背景からか、優秀な人たちも比較的積極的に製造業に就職します。韓国内の製造系企業は日本のIT企業のようなきれいなオフィスですし、それに自分たちの仕事が世の中の利益向上に大きく貢献していると強く信じているからだと思います。 “製造業の機械技術者”が3Kの職業だとは考えていないでしょうね。
それから日本と比べて、若くして役職に就く技術者が大変多いと思います。例えば、30代ぐらいで部長クラスだったりするし、アメリカでドクターを取って帰ってきたような人であれば40歳前半で副社長だったりすることが大企業でもあります。儒教の影響で年功序列を日本以上に重視する社会だったのに……です。日本では、そういうことがあまりないですよね? また、彼らは欧米の最新技術と日本の最新技術をうまく組み合わせて、効率よく仕事をしています。
――日本の大手電機メーカーのリチウムイオン電池リコール事件と製造品質について
このような大損な状態が続けば、「こりゃたまらん」と、日本のメーカーたちがリチウムイオン電池の業界から撤退してしまう可能性もあります。韓国の大手電機メーカーたちは、そのすきを「虎視眈々(こしたんたん)」と狙っています。
最近の携帯電話はサイズが小さいですから、例えばよくジーパンの尻ポケットに入れたりもしますよね? 設計をしている方々は、「まさか、携帯の上にお尻を乗せて座ってしまう」とか、 「落とす」とか、「投げる」とか、乱暴に使用されることまでは想定していないの が通常です。しかしながら、世の中には、携帯電話を精密機械だと思っていない人たちがたくさんいるのです。
しかも性能や競争力の向上のためにリチウムイオン電池のように、まだ発展途上の材料や技術を使って設計しようとします。そして、それぞれの部品がいまや世界中から供給され、世界中で異なった使用環境で利用されています。
つまり、電池設計者の意向、携帯電話やパソコンの設計者の意向と使用者の使用環境とのギャップが大きくなってしまっているのです。
日本では、前回もお話しましたが、過去の成功体験や生産現場の熟練者の技術(いわゆる「現場力」)が設計や品質の根拠となっていて、上記のようなギャップを考慮したり、品質ばらつきのさまざまな要因を設計段階へフィードバックして品質改善しようとする取り組みをきっちりと行っていない場合が多いのです。
補足:そもそも、リチウムイオン電池の品質って、ばらつきやすいんです
リチウムイオン電池というものは、電圧や電極材料の特性による安定性にバラツキが大きいものなのですよ。そのうえ電解質として有機溶剤を樹脂状化した「ポリマー」を使い、パッケージがレトルトパックのようなアルミラミネートですから、荷重により内部変形しやすいわけです。そのため充電電圧の変化や外部荷重の変化により累積的な品質や性能のバラツキがより大きくなりやすいのです。その証拠に、同じ機種の携帯電話でも、なぜか電池の持ちが良いものと悪いものがあるという話をよく聞くでしょう。そのようなバラツキの蓄積による最悪のケースとして電極が溶けたり、電解質の内部変形により内部ショートを起こして発熱することがあり得るわけです。
(説明:加藤毅彦氏)
――最近は、生産拠点が中国だということも多いですが。
日本のやり方が、中国でも通用すると思っていることは、まずいと思いますよ。そもそも日本の企業は、難易度が極めて高い組み立てをしたり、自主的に品質改善を進めたり、手順書の世話まで焼くことを前提に、中国の生産技術者を雇っていないケースが多いのですから。
単純に考えれば、日本式のノウハウを彼らに教えればいいのかもしれません。しかし、そうするためには、新たに最新技術を駆使した工場を作り、新たに優秀な人材を雇用するだけではなく、そこへ技術情報をフィードバックするために日本の熟練者を大量に派遣しなければいけなくなりますが、これは非常に無理があるし、本末転倒ではないかと思います。熟練者の滞在費用などが大きく掛かるうえに、日本側が手薄になってしまう、また熟練者が帰ってくるところがなくなってしまうわけですから。
――その点、韓国の企業はどうしているのですか?
韓国企業は、アメリカやドイツと同じように、中国やインドの工場を上手に使っています。生産現場の力に依存せず、生産現場の人が組み立てやすいよう、たとえ誰が組み立てても高い品質が出せるように、きちんと設計しているからです。
それは「誤差の影響を最小化するような設計」であり、つまり、これも前回お話しした「現場力や熟練者の知識やノウハウ、経験などをデータベース化」および「標準化システムの構築」を実行していることによります。ばらつきの要因も、そのシステムを通して設計へフィードバックできるようにしています。
また、そのような環境で、IT技術によって自動化できる設計や作業は自動化してしまい、人手でやるべき作業は無理に自動化せず、人がしっかり集中して作業できるようにしているのです。そうすることにより、人為的要因を含む生産ばらつきが小さくなる、すなわち品質特性のばらつきが小さくなるというわけです。
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