もっと自分の思いのままにモデリングできる:ノンヒストリーCAD虎の巻(上)(2/3 ページ)
フィーチャ履歴ツリーを持たない「ノンヒストリーCAD」をメカ設計ツールとして選択する利点やモデリングテクニックなど、光学機器の機構設計に携わる筆者が解説する
設計環境の変化
ダイナミックモデリング機能そのものは、かなり以前から存在していましたが、最近、ヒストリーCADの新機能として追加される流れがあるのはなぜなのでしょう? それは、ここ数年の設計環境の変化に起因するのでは、と筆者は考えています。
3DCADが積極的に導入された90年代中盤以降の設計環境の変化としては、以下が挙げられます。
- デザイナーCAEの発展
- 設計期間短縮に対応するためコンカレント設計の推進
- 上記と同様な理由でのフロントローディング設計の推進
具体的に製品開発のプロセスを比較してみましょう。
- 3次元CAD導入当初の開発プロセス:「仕様に合わせて構想〜詳細設計を行い、何度かの試作で検証を繰り返し、徐々に完成度を上げて製品リリース」
- 現在の開発プロセス:「仕様がFIXする前からフライングで設計を開始し、各部署の検討のために構想途中の設計を公開しフィードバックを受け取り、自らもCAE等のツールで事前に問題点を探りで設計をブラッシュアップし、短期間で完成度の高い製品をリリース」というように変化してきています
編集部注*上記は、設計対象の製品や、その現場事情により異なる場合があります
現在のプロセスでの最終図面には、初期の図面・試作品に対する各部署の担当者の「知恵」「知識」「思い」が、短期間で詰め込まれます。
設計者サイドから見れば、「仕様など未確定な状況で設計をスタートする」ということは、「次々と追加される設計情報に基づいて、フレキシブルに設計方針を変更していく必要があること」を意味します。
部品形状などは、構想段階で想定していた行末とは異なった歩みをする可能性が従来より高くなります。つまり、現在進行形のモデルでは対応できそうもない設計変更のケースに、度々直面することになります。
「いや、それは単に、設計者のモデリング技術が低いだけじゃないか?」とおっしゃる方もいるでしょう。
実際、ヒストリーCADでモデルを自由自在に変更できるレベルまで設計者が到達できていないのも事実だと思います。物を作るには「知識」「道具」「実践」が不可欠だといわれます。これは、設計の成果物である図面やモデリングにも同じことがいえて、「メカ&製図の知識」「CAD」「実践の場」が必要となります。
ここで、道具としてのヒストリーCADに注目してみると、使い方や運用方法に関するセミナーがたくさん開催されていたり、パズル感覚でトライするモデルを載せている参考書やWebサイトを数多く目にします。これは、従来の2次元CADではなかった現象です。
これらのことから、ヒストリーCADは、使いこなすために、「多くのノウハウ」を必要とする道具だといえそうです(一部では「3次元で設計するにはセンスが必要」なんていわれるぐらいです……)。
モデリングを生業(なりわい)とされる方であれば、常時モデリングをされているのでノウハウが蓄積され、短期間で自由にヒストリーCADでモデリングすることも可能になると思います。
一方で、「設計者は?」というと、製品を担当し純粋に設計・製図に向き合うのは、序盤のみで、後は試作と検討に明け暮れることになります。つまり、真剣にモデリングと向き合うのは、多くても1年のうちで4分の1程度といったところではないでしょうか? それでは、自由にモデリングを変更できるレベルまで到達するには、相当な期間が必要になってしまいます。
懸命な設計者であれば、上記のような場面を通して使いこなしのノウハウを得ようと試みるのですが、練習と実践は違うのは当然で、効果のほどはお察しのとおりです。
「『もっと簡単にモデルの修正・変更ができれば……』という設計者の切実なニーズをガッチリと各ベンダが受け止めてくれた」、これが「ダイナミックモデリング機能への注目」という現象ではないでしょうか。
積み木遊び
「ノンヒストリーにして何が良かったですか?」「ヒストリーとノンヒストリーって何が違うのですか?」と聞かれると私はいつも、「切り絵師が切るような難しい形状を、テクニシャンじゃない私がハサミで切ろうとしました。でも、カッターを使った方が楽でした……って感じですかね?」と説明していました。
まあ大体、そんな感じではあるのですが……どうも、的確ではない気がしていたのです。
この記事の原稿を起こすに当たって「この感じ、何と表現しようか……」と、筆者が悩んでいた夏休みのある日に、わが家でちょっとしたもめ事が発生しました。
子供部屋で、息子と娘が積み木遊びをしていました。
娘「ここ、緑の方がよくない?」
息子「そうだねぇ」
娘「ここも緑がいいよ」
息子が作った積み木の家に対して、娘がリクエストを出しているところでした(図1)。
1はともかく、2の部分は、積み木の家の基礎部分です。ここを入れ替えようとすると、家が崩れる可能性があります。息子もそれを直感したらしく、娘のリクエストに反対します。
息子「無理だよ」
娘「でも、その方が可愛いよ!」
息子「絶対無理ー!」
息子も娘も、お互い意見を譲ろうとしません。
父(筆者)「やってみれば? 上手にやれば大丈夫だよ」
息子「うん」
ススス、ガラガラガラガラ……。嫌な感じの音が聞こえてきました。息子の直感は当たってしまいました。
≪娘「あーあ! 壊れちゃったぁ!」
≪息子「ほら、やっぱり……今度は積み木じゃなくて、ブロックで作ろっと」
――このもめ事の顛末(てんまつ)を見ていて、ひらめいたのです。
「これだ! 積み木で作った家は、まさにヒストリーCADのモデルだ!」
途中の積み木を交換するには、注意が必要だし、無理すると崩壊の危険があります。また、ヒストリーCADによるモデリングでも似たような現象が起こります。
積み木ではなく、ブロック(「レゴブロック」など)で作った家なら、ちょっとした分解は必要ですが、どこのブロックだろうとも、思い立ったときに、自由自在で交換可能となります。この点が、ノンヒストリーCADと似ていると思ったのです。
ノンヒストリー イズ ノープレッシャー
試しに、図2のような「外径Φ10mm、内径Φ7mm、長さ30mm」のパイプのモデルを描いてみましょう。
以下のように、私の描き方の例をヒストリーCADとノンヒストリーCADで比較してみました。
実際の作業画面を見ていたとすると、どちらも基準平面を作って(選んで)、スケッチして、押し出すという行為そのものはまったく同じです。しかし上記を見ると、ヒストリーCADの工程の方がたくさんあります。
ヒストリーCADで上手にモデリングするには、あるルールや過去の経験に基づき、「どうモデリングするべきか?」を考えながらコマンドを決断する必要があります。おぼろげにしか見えていない最終形状を想定して、ルールや経験則にのっとり、なおかつ後々の形状変更にも耐えられるような形状にモデリングを積み重ねていくことが必要になります。
つまりこの手法では、純粋な設計(形状を考える)以外に、「どうやってモデリングを積み重ねていくか?」ということ、CAD中心で物事を考えての作業となるわけです。
一方で、ノンヒストリーCADのモデリング工程の説明には「?」マークが1つもありません。文章にも「適当」という言葉が出てきています。ここでいっている「適当」とは、「状況にふさわしい」の方ではなく、「いいかげん」という意味の方です。
適当でもOKなのは、ノンヒストリーCADには履歴の概念がないため、ルールに縛られず、「いま」描きたい形状を、「いま」置きたい位置にモデリングできるからです。
一度書いてしまえば過去に何をしたかは関係ないので、自分の好きなときに「本来」の形状に変更すればいいし、好きなときに「本来」の位置に移動すればいいのです。
ノンヒストリーCADでのモデリングなら、ヒストリーCAD特有の「ここは重要だぞ! どうやって描こうか……」という判断のプレッシャーから開放され、本来の設計業務に集中できると筆者は考えます。
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