Blackfin、“柔軟性”によるマルチプラットフォーム戦略で差別化:組み込み企業最前線 − アナログ・デバイセズ −(1/2 ページ)
デジタルAV機器の隆盛に歩調を合わせ、アナログ・デバイセズはDSPファミリ「Blackfin」を成長させてきた。マルチフォーマットでリッチなAVコンテンツがデバイス間を行き交う時代に入り、DSPへの性能要求は増す。それでも、Blackfinの本領であるプログラマブル性を徹底して維持し、柔軟性と高性能の両立を図っていく考えだ。
ベンチマークで群抜くBlackfin
アナログ・デバイセズ(以下ADI)は、その名が示すとおり、アナログ製品を得意とする半導体会社である。身近なコンシューマ製品でいえば、ハイエンドのデジタルAV機器に搭載されるD/A・A/Dコンバータは同社製のものが多い。また、話題性があるところでは、大ヒットしている任天堂「Wii」にADIのMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ベースの加速度センサが採用されている。ADIの売上高(2006年10月期で25億7000万ドル)の8割強は、こうしたアナログ製品である。
それでもADIといえば、DSPファミリ「Blackfin」のことを真っ先に連想する人も多いだろう。Blackfinは6年前の2001年夏、ADIとインテルが共同開発した新アーキテクチャMicro Signal Architectureを採用したプロセッサとして登場した。32bit MCUと16bit DSPを1チップに統合、ダイナミックな電源管理機能を持ち、周波数当たりのコストパフォーマンスが良い点が特徴だ。折しも、世界的にデジタル家電の波が押し寄せ始めていたころ。機器メーカーはメディア処理向けにコストパフォーマンスの高いDSPを求め始めていた。まさにADIの戦略は「ジャスト・イン・タイム」だったのだ。
アナログ・デバイセズ(日本法人)のJapan リージョナル ディレクター(GP-DSPプロダクツ ディビジョン)のポール・ウィラー氏は、次のように話す。「90年代後半には、高性能なデジタル機器がちまたにあふれる、現在のような環境が見えていた。ADIとしては、従来アーキテクチャのままプロセス微細化や動作周波数アップでDSPの性能を引き上げていくのでは要求に間に合わないと考え、インテルとの共同開発に踏み切った。アーキテクチャ刷新は大きなリスクを伴うが、それに十分見合うだけの飛躍的な性能向上を実現でき、そのアドバンテージがいまでも続いている。(DSP製品に対する評価テストで実績のある)BDTI社のベンチマークでも、消費電力当たりの演算性能など、Blackfinが群を抜く項目は多い」。
もともとADIのDSP製品では、浮動小数点型の「SHARC」が高級オーディオ機器分野で高い実績を築いていた(ちなみに、Blackfinは固定小数点型)。その実績の後押しもあったのだろう。新アーキテクチャながらBlackfinは、高速なメディア処理、複雑なコントロール処理が求められる、据え置き型デジタルAV機器を中心にスムーズに採用が進んだ。例えば、公開された最近の採用事例でいえば、日立製作所のハイビジョンレコーダ「Wooo Dシリーズ」が2006年夏に業界に先駆けて採用した「ダイジェスト再生機能」(録画した映像を独自アルゴリズムで解析、重要シーンのみを集めたダイジェスト版をリアルタイム生成する)は、Blackfin上で実現しているという。この事例は、処理性能が高く、プログラマブルでアルゴリズムを自由に展開できるBlackfinの強さを示している。
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次世代コンセプト製品にも採用
この1つの採用例を見ても、BlackfinがデジタルAV機器分野でかなりの実績を残していることがうかがえる。しかし、パラダイムが大きく変わろうとしている現在、将来も安泰とはいえない。デジタルAV機器は、モバイル、ホーム、オートモーティブの本格的なコンバージェンス(融合)時代を迎えつつあり、機器メーカーは機器プラットフォームの共通化を探っている。また、DSP最大手ながら携帯電話分野中心だったテキサス・インスツルメンツ(TI)もデジタルAV分野を狙い、「DaVinci」と呼ぶ新しいテクノロジセットに力を入れだした。
これに対して、ウィラー氏は次のように話す。「Blackfinの最大利点は、ソフトウェアで柔軟に機能を作り込めること。技術が流動的な中で幅広いフォーマットに対応したり、高いコネクティビティを得ようと思えば、ユーザーにとって弊社の製品は魅力的になってくる。また、プラットフォームの共通化でも、機器間でソフトウェア資産を流用できるDSPは最適なはず。Blackfinでは、このプログラマブル性を徹底して維持し、マルチフォーマット、マルチプラットフォームに対応する戦略を追求していく。高い性能が必要だからといって、それをソフトではなくハード(アクセラレータなどの周辺回路)で補ってしまうと、プログラマブル性が損なわれてしまう。それが他社との戦略の違い」と話す。
ロジックをハードワイヤードで実装するASIC/ASSPなどに比べ、DSPの優位点がプログラマブル性であることはよく知られているが、プログラマブルDSPと一口にいっても、その柔軟性は個々に違いがあるという主張だ。例えば、機器上で実行中の機能に適した電圧と動作周波数を動的に割り当てる電源管理機能「ダイナミック・パワー・マネジメント」は、Blackfinの売りの機能の1つだが、「ソフトウェアでどのようにでもコンフィギュレーションできる。単にDSPへ電源管理用ICを継ぎ足したものではない」(ウィラー氏)と自信を見せる。
今後のデジタルAV機器に求められる、高いレベルのマルチメディア対応、コネクティビティにBlackfinが貢献するという点でいえば、ADIが1つの典型的とするのが、ヤマハが2005年末に発表したコンセプト製品「ネットワークAVセンター」である。ハイエンドなAVアンプ機能をベースとして、イーサネット接続したPC・コンテンツ配信サービス、iLink/HDMI接続したデジタルAV機器、USB接続した携帯メディアプレーヤ、さらにメモリカードや内蔵HDDというマルチチャネルのAVコンテンツを再生し、同時に複数ゾーン(各部屋の機器)へ配信する機能を持つ。これだけフォーマットが多岐にわたるメディア処理、複雑なコントロール処理をBlackfin(デュアルコア型「ADSP-BF561」)が担っている。
ヤマハのネットワークAVセンターは、決して遠い先の“未来図”ではない。もうそこまで来ている、デジタルAV機器の在り方を示すものであり、そこにBlackfinが採用されていることの意義は決して小さくないだろう。「デュアルコアDSPは現在、主に通信インフラ機器など産業用に使われているが、ヤマハさんのネットワークAVセンターは、民生用にも応用できることを示す画期的な例」(ウィラー氏)。
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