業界初のLinux対応ICEが成功した理由:組み込み企業最前線 − 京都マイクロコンピュータ −(2/2 ページ)
京都マイクロコンピュータは「デバッガ」をこだわり続けるICEベンダである。2003年、当時の業界で実現が難しいとされていたLinux対応ICEをリリースし、現在の組み込みLinux隆盛に少なからず影響を与えた。常に3〜5年先の技術トレンドを見据えて開発を進め、下請け仕事は一切やらない。“わが道を行く”希有な存在である。
「ICE不要論」をはね返す
特徴の高速性をさらに進化させ、現行主力製品となっているのが、2003年に発売した「PARTNER-Jet」である。ダウンロード速度は、PARTNER-Jに比べて3〜4倍にも高まった。戦略マーケティング部長の植田省司氏は「KMCのベンチマークテストによれば、競合製品に比べると15倍も(ダウンロード速度が)速いケースもある。年々、巨大化する組み込みソフトウェアのデバッグ環境に対応している」と自信を見せる。
高速化と同じくPARTNER-Jetで画期的だったのは、マルチコアCPUおよびLinuxへの対応を果たしたことだ。いまから2年以上前の2003年というタイミングを考えれば、JTAG-ICEとして画期的なフィーチャーだった。実際、競合のICEベンダがそれらの機能を実装したのは、かなり後になってからである。
PARTNER-Jetが登場するまで、組み込みLinuxを使った組み込み機器では、ICEを使ったハードウェアバッグは難しいとされ、kgdb(linux kernel source level debugger)などでソフトウェアデバッグを行うのが一般的だった。MMU(メモリ管理機構)を持つCPUで動作するLinuxの場合、仮想記憶機構の存在により、論理アドレスと物理アドレスが一致しない。さらに、Linux特有のローダブルモジュール(カーネルに動的にロードされる、カーネルから独立したデバイスドライバ)も、どのアドレスにロードされるか外部からは見えず、通常のICEの仕組みが通用しなかった。
辻氏はこう指摘する。「LinuxにはICEが使えないということで、当時の業界ではICE不要論もあった。ソフトウェアデバッグで十分ではないかと。ほかの(ハード寄りの)ICEベンダにしても、Linuxは未知の組み込みOSだけに、取り組みにくかったはず。それに対してわれわれは、アプリケーションのみならいざ知らず、組み込みLinuxをカーネルからアプリケーションまで精緻にデバッグしようと思えば、ICEは不可欠だと考えていた。そもそもKMCは、社長以下、とんがった技術者が集まったソフトウェア会社。オープンソースであるLinuxの中身を解析することもお手の物だった」。
実際、PARTNER-Jetには、ターゲットCPUで動作するLinuxシステムをハードウェアデバッグするための仕組みが実装されている。Linux自体に何ら変更を加える必要がない(論理アドレスと物理アドレスの対応関係を読み取るドライバをカーネルに埋め込むことなど)。ほかのPARTNERと変わらない使い勝手で、カーネル、ローダブルモジュール、アプリケーション、共有ライブラリからなるLinuxシステムを一体でデバッグできる。プロセス/スレッド単位でのリアルタイムトレース分析、ハードウェアブレークポイント設定も可能だ。XIP(eXecute In Place)アプリケーション、prelinkライブラリのデバッグにも対応する。
ほかのICEベンダが開発に苦労していたLinux向けICEを業界に先駆けて提供できたことは、デバッガ一筋できたKMCにとって面目躍如となった。2003年といえば、Linuxを採用した組み込み機器の開発が急増していた時期である。機器メーカーはのどから手が出るほど、Linux対応ICEを求めていたはずだ。
いち早くICEによるLinuxデバッグを実現できたこともあり、ある携帯電話端末メーカーのLinuxを採用した3G端末開発でデバッガとして全面採用された。カーナビやデジタルテレビなど組み込みLinuxを搭載する機器の開発で、KMCのPARTNER-Jetはよく使われている。ここ数年、組み込み機器へのLinux採用が本格化した背後で、KMCが果たした役割は小さくないのかもしれない(注)。
3〜5年先を見越して開発
しかし、KMCがいち早くLinux対応ICEを投入できたのは、技術力ばかりではない。辻氏がこう振り返る。「マルチコアCPUやLinuxが開発テーマに挙がったのは2000年ごろ。われわれは、3〜5年先の技術トレンドを見極め、先行的に開発を行っている。それは、いまでもチーフエンジニアであり続ける(CEOの)山本の先を見通す力に負っている」。
20年にわたりデバッガ一筋で組み込み業界と接しているため、パートナーとなる半導体メーカーとの付き合いも深く、そこから業界の技術動向を探る。そして、「東京で情報の洪水に埋もれ、雑事に追われることなく、京都という土地で大局的な視点で業界を見つめている」(辻氏)。
KMCは経営方針もユニークだ。下請け的な仕事は一切やらない。先行的な開発を行っていながら、すべてオウンリスクである。一般に開発ツールベンダは、製品販売だけでは経営が厳しいので、機器メーカーの開発委託を受けたり、開発協力費をもらって特定半導体メーカー向けの製品を開発したりする。
KMCでマーケティングを担当する植田氏は次のように話す。「他社から費用をもらって製品を開発すると、自分たちのやり方や探求心を貫けず、相手の都合に合わせる部分が必ず出てくる。それは、われわれのような技術で勝負しているベンダにとって、かえってリスクになる。技術者が高いモチベーションを抱けないからだ。マーケティングの立場からいえば、計画的に製品が開発されることが望ましいが、それより大切なのは技術者がモチベーションを持って仕事に臨めること」。
といっても、無軌道な経営が行われているわけではない。創業以来、少数精鋭で規模を追いかけない経営を貫いているので、経営状況は安定しているという。PARTNER-Jet(リアルタイムトレース付きのモデル20)で29万8000円など競争力のある価格付けで、かなりの販売ボリュームを確保しているようだ。
“何でも屋”にはならない
PARTNER-Jetを投入して以降も、KMCは次々と話題のJTAG-ICEを世に送り出している。2005年3月からは、オープンソースのIDE「Eclipse」上からPARTNER-Jetの利用を可能にする「Eclipse for PARTNER Cross DevKit」の無償提供を開始した。
EclipseとPARTNER-Jetの連携は、2003年夏から温めていた企画だ。組み込みソフトウェアが大規模化する中で、開発ツールとしてIDEが求められると見越していたのだ。Eclipseと連携するJTAG-ICEは業界初だろう。
「専門ツールで勝負していた開発ツールベンダも規模が大きくなると、自らIDEを製品化することはよくある。オープンソースのEclipseは、ある意味でインフラとなるIDEだと思う。この規模のIDEは普通のベンダが担えるものではない。それより、Eclipseというインフラ上で動く、質の高い専門ツールを提供し続けてゆくべき。オープンソースで、プラグインによって機能を拡張するEclipseは、まさにインフラ中のインフラとなってきた。これを活用しない手はないだろう」(辻氏)。
今後もKMCがこだわるのはあくまでもデバッガ(ICE)であり、開発ツールの“総合ベンダ”になるつもりはないようだ。一方で、対応するプラットフォームの幅はどんどん広げていく構えだ。「Linuxにこだわるつもりはない。逆に、Linuxへの対応で得られたノウハウや自信が、今後はほかのプラットフォームへの対応で生きてくると考えている」(辻氏)。2005年に入ってからは、NECエレクトロニクスの半導体ソリューションプラットフォーム 「platformOViA:Open, Value interface for your Applications(プラットフォームオーヴィア)」への技術参画、T-Kernelへの対応、携帯電話向けOS「Symbian OS」に対応した「PARTNER for Symbian OS」の投入など、積極的な動きを見せている。
関連リンク: | |
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⇒ | 半導体ソリューションのプラットフォーム「platformOViA」を構築 |
常に先を見越し、業界をリードするデバッガを世に送り続けるKMC。次に実装されるのは、どんなフィーチャーなのか。「さすがに、それは秘密」と教えてもらえなかったが、きっと、業界をリードする開発が進んでいるのだろう。今度は、いつ、どんな驚き(デバッガ)を提供してくれるのか、興味深い。
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