海事DXで“次世代の海事ソフト”が現場で使われなくなる理由:船も「CASE」(3/3 ページ)
海事分野の“次世代”運航支援ツールはなぜ現場で使われなくなってしまうのか。海事ソリューションベンダーのOrbitMIが示したコンセプトからその原因を分析し、その解決に向け何を前提にして海事DXに取り組むべきかを考えてみる。
デジタルツインを「使える道具」にするには何が必要なのか
船体性能モデルやデジタルツインによる仮想海洋は、海事分野でも期待の高い技術として語られてきた。しかし現場では、「モデルはあるが、判断には使われていない」(Lee氏)という状況も少なくない。モデルをどう作るか以上に重要なのは、それをどの前提で、どの処理過程に適用するかだという。
OrbitMIが示すのは、性能評価を2つのレイヤーに分ける考え方だ。1つは、船型やシートライアルに基づく「理想状態」の性能モデル。もう1つは、実運航データを取り込み、機械学習などで更新する「実状態」のモデルだ。この2層を分けることで、速度低下や燃費悪化が、外乱によるものなのか、船体や機関の劣化によるものなのかを切り分けられる。ここで重要なのが「正規化」だ。潮流や風の影響を除かずに数値を比較すれば、本来の性能を見誤り、過剰な是正や誤った判断につながりかねない。
もう1つの条件は、性能モデルを単独で使わないことだという。モデルの価値は、VMSが持つ契約条件やETA、実際の気象情報、燃料や排出の制約と結び付いたときに初めて有効になる。どの判断が現実的に選択可能で、どこに改善の余地があるのかを示すためには、性能データが運航の管理過程に置かれていなければならない。全てを監視するのではなく、ズレが生じた理由を即座に理解できる状態を作ることで、デジタルツインは初めて「使える道具」になるとLee氏は訴えている。
AIの話は最後でいい理由
今関心が高まっている生成AIやエージェントの構想に関して、OrbitMIの説明会では最後にようやく言及があったのみだった。同社が時間をかけて説明してきたのは、AIのためにデータを増やすことでも、時流に乗って派手な機能を追加することでもない。気象、性能、契約、規制──分断されていた情報を同じ前提で結び付け、運航中の判断に使える状態にするという、地味だが不可欠な基盤づくりだった。
不確実性が高まる環境では、単独のデータやツールはかえって判断を難しくする。天候が読みにくくなり、規制が複雑化するほど、重要なのは「今、何が起きていて、なぜそうなっているのか」を共有できることだとRiaz氏は繰り返し主張している。その前提が整って初めて、AIは意味を持つ。人が考えるための材料を整理し、異常や選択肢を示す補助役として機能するのであって、判断そのものを肩代わりする存在ではない、というのがOrbitMIの現時点における考えだ。
Riaz氏は説明会の締めくくりでも「データを増やすな。つなげろ」と述べている。ツールを足し続けるアプローチは、一時的な解決にしかならず、次の複雑さを生む。海事DXの核心は、信頼できる運航判断の前提を作り直すことにある。AIの話は、その先でいい。基盤が整ったとき、初めて“使われる知能”として価値を発揮する。それが故に、まず分断を解消し、正確で信頼できる統一データを作る。このような「土台づくり」が先で、AIや自動化は、その基盤が整って初めて有効になるというのが、OrbitMIのAIに対する姿勢といえるだろう。
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