海事DXで“次世代の海事ソフト”が現場で使われなくなる理由:船も「CASE」(1/3 ページ)
海事分野の“次世代”運航支援ツールはなぜ現場で使われなくなってしまうのか。海事ソリューションベンダーのOrbitMIが示したコンセプトからその原因を分析し、その解決に向け何を前提にして海事DXに取り組むべきかを考えてみる。
海事分野では近年、AI(人工知能)やデジタルツインを掲げる“次世代”の運航支援ツールが次々に登場してきた。だが現場では、それらが十分に定着せず、結局は使い慣れたレガシーシステムに戻る、というケースも少なくない。
その理由は技術的な完成度が未成熟だから……ではなく、データの信頼性と、それを前提にした運航判断の基盤に原因があることが多い。気象、性能、契約、規制対応などなど、個々のシステムは高度化している。しかし相互に連携していなければ、判断は常に事後的となって、最終的には手作業による突合作業が発生する。その結果として、どれほど高機能でも「使えないツール」になってしまうことになる。
本記事では、2026年2月4日に東京都内で開催された説明会で、海事ソリューションベンダーのOrbitMIが示したコンセプトから、海事DX(デジタルトランスフォーメーション)が現場で機能しにくい原因と、その解決のために何を前提から作り直す必要があるのかを考える。
既存のVMS、気象、性能モデル、Class(船級協会)などが個別に存在する従来の海事IT構造からOrbitMIはそれらを置き換えるのではなく接続するソリューションを提示する[クリックで拡大] 出所:OrbitMI
なぜ海事オペレーションは“つぎはぎ”になるのか
海事オペレーションを支えるITシステムは、決して未整備の状況にあるわけではない。航海計画や契約管理を担うVMS(Vessel Management System/Voyage Management System:船舶監視システム/運航管理システム)をはじめとして、気象予測、船体性能モデル、GHG(温室効果ガス)排出量算定や規制対応のための仕組みなど、それぞれの分野で高度化が進んできた。しかし、現場では、それらが一体として機能しているとは言い難い。多くの場合、各システムは独立して導入され、異なる前提や粒度でデータを扱っている。結果として、同じ航海を巡る情報であっても、部署や用途ごとに「別の数字」「別の事実」が並立することになる。
この分断は、当事者の判断を遅らせて作業を増やす。この状況において運航結果はまず各システムに個別に入力され、後から突き合わせることになる。そのため、気象の影響なのか、船の経年劣化による性能低下なのか、はては、契約条件の設定が厳し過ぎたのかなどなど、原因分析は事後的になり、結論が出るころには次の航海が始まっている。
こうして、データは大量に存在していても、全体で共有していないため、意思決定には使えない。
重要なのは、これは現場の怠慢でも、個々のツールの欠陥でもないという点だ。各システムはそれぞれの目的に適するように設計されている。しかし、その結果として出来上がったのが、部分ごとに最適化されたパーツの集合体という“つぎはぎ”構造だった。このように、海事DXがなかなか受け入れてもらえない理由は、「新しいツールが足りないからではなく、既にある“それぞれの情報”が、同じ前提の下で結び付けて全体として利用できないというのが本質的な問題だ」とOrbitMI COOのYoun Lee氏は訴える。
VMSと運航データが分断された“SILOED”状態では手作業と重複が生じる。APIで統合し単一の真実を持つ“UNIFIED”構造へ移行することが“つぎはぎ”を解消する解となる[クリックで拡大] 出所:OrbitMI
OrbitMIが「置き換え」を選ばなかった理由
多くのデジタル化プロジェクトは、既存システムの限界を指摘し、「より優れた新しい仕組み」への置き換えを解決策として提示する。しかし、OrbitMI CEOの Ali Riaz氏が説明会で繰り返し強調したのは、そうした発想とは異なる立場だった。同社が目指したのは、VMSや気象サービス、性能モデル、Class(船級協会)の検証基盤といった既存の仕組みを否定することではない。むしろ、それらがすでに現場で果たしてきた役割を前提に、「それらの個別情報をどうやってつなぐか」を設計の出発点に据えている。
この背景には、海事オペレーションの現実が影響している。VMSは契約条件や航海計画を管理する中枢であるが故に、長年の運用で業務フローに深く組み込まれている。気象サービスや性能モデルも、それぞれの専門領域では代替の利かない価値を持つ。これらを一気に置き換えることは、理論上は可能でも、実務上は大きな労力とリスクを伴う。OrbitMIは、その労力こそがDXを停滞させてきた要因の一つと捉えている。
そこで同社が採ったのが、「Maritime Data Foundation」と呼ぶ共通の基盤を介して、既存システム同士を結び付けるという方法だ。重要なのは、単なるAPI連携ではなく、異なるシステムが出力するデータを検証し、同じ前提、同じフローで扱える状態に整えることで、初めて運航判断に使える“事実”にする点だ。説明会でRiaz氏が述べた「自動車はタイヤだけでは走らない」という比喩は象徴的といえるだろう。どれほど優れた部品がそろっていても、それらが協調して動かなければ、全体として性能は発揮できない。
OrbitMIが「置き換え」を選ばなかった理由は明確だ。現状の海事DXが抱える課題は機能の不足ではなく、分断された情報を前提に意思決定している構造にある。この前提を変えない限り、新しいツールを導入しても“つぎはぎ”は解消できない。そのためにOrbitMIは、追加=置き換えではなく接続を選んだという。
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