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AIと研究開発をつなぐ共通言語 現場パラメータから本質パラメータ設計へマテリアルズインフォマティクスの基礎知識(4)(1/2 ページ)

マテリアルズインフォマティクス(MI)の基礎知識について解説する本連載。第4回は、現場にMIを導入する上で課題の1つとなる「パラメータ設計」をこれまでの文脈にのせて紹介する。

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 前回(第3回)では、AI for Science時代に求められる研究開発者像について述べました。AI(人工知能)に答えを求めるのではなく、AIとの対話を通じて自らの物質観/プロセス観を更新し続けることが重要です。そのようなメタ学習の姿勢が、これからの研究開発者の基礎体力になる、という話でした。

 本稿では、この「物質観/プロセス観の更新」をもう少し具体的に掘り下げます。鍵となるのが、本稿で導入する「現場パラメータ」と「本質パラメータ」という2つの概念です。この2つをどう切り分け、どう設計するか。これが、AIと研究開発を結び付けるための共通言語を形作り、さらに研究開発をよりビジネスに接続していく上で欠かせない作業だと考えています。

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図1:AI/MIによる本質パラメータ推定と価値創出の関係。シグナルから本質パラメータを推定し、現場パラメータと合わせて材料の性能や機能を予測することで、観測データと材料価値の間を橋渡しする[クリックで拡大]

1.パラメータ設計と「異世界転生」

 AI/MI(マテリアルズインフォマティクス)に関して、特にベイズ最適化のような技術が広がるにつれ、「実験条件をMIで最適化させる」という発想が一般化しました。実際、成果が出ている例も数多く報告されています。「MIを導入して開発期間が短縮された」「停滞していたテーマが前進した」「テーマの中断判断が早まった」……などという話は珍しくありません。

 しかし同時に、「導入したが思ったほど効果が出ない」という事例もあります。その多くの場合、問題はアルゴリズムではなく、もっと手前にあります。すなわち、「何をパラメータとして扱っているか」「何に着目しているか」という設計段階です。

 配合比、回転数、温度、処理時間……実験で直接操作するこれらの変数を中心に空間を定義し、AIに探索させるというのは自然な発想です。しかし、設計する空間/座標系が適切でなければ、AIがどれほど優秀でも遠回りをします。

 連載第2回では、「理論やドメイン知識が探索すべき地形を形作る」という比喩を用いました。パラメータ設計とは、その地形をどの座標系で描くかを選ぶ行為でもあります。例えば、既存レシピに「化合物A 10g」とあるとき、それを「化合物B 10g」に置き換える操作は、同じ地形の連続的な移動でしょうか。それとも異なる島への跳躍でしょうか。質量という表現では同じ10gでも、分子量が異なれば分子数は変わりますし、構造が異なれば反応機構が変わります。

 もう少し踏み込むと、分子を扱う場合でも、どのような記述空間を選ぶかによって見え方は大きく変わります。化合物名という離散的な記号の世界で置換を組み立てることもあれば、電子状態の分布として相互作用を捉えることもあります。

 さらに視点を変えれば、個々の粒子の種類から離れ、モル数やエネルギー密度といった量で系の振る舞いを記述することもできます。結晶を扱う場合にも同様です。実空間について考えれば、原子配列や欠陥、界面といった離散的な局所構造が浮き彫りになります。しかし、逆格子空間に「転生」すれば、原子の周期構造が波数空間として表れ、回折パターンや周期構造として物質の性質を俯瞰することができます。このように、対象は同一でも、選んだ座標系や解像度によって地形は全く異なる形で描写されます。

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図2:実空間(離散的な原子配置)と逆格子空間(周期構造を波数空間として表現)の対比図。同じ対象でも、選ぶ座標系によって「地形」の性質が大きく変わる。[クリックで拡大] 出所:P. Fraundorf, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)を基に作成

 パラメータ設計とは、どの空間で問題を定式化するかを選び、その空間において連続なのか断絶なのかを見極めるプロセスです。探索の効率や新たな発見の可能性は、この転生先としての座標系の選択、つまり何を変数として定義するかに強く依存しています。昨今のAIアシストは強力ですが、何を本質として与えるべきか、という設計仮説を持たなければ、AIは本質から遠く離れた膨大な空間で、徒労に終わる探索を繰り返すわなに陥ってしまいます。

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