検索
連載

工業製品としてのギターづくりを追求 デジタル設計で進化を続けるギター工房メカ設計インタビュー(1/3 ページ)

手工品ではなく、工業製品としてのギターづくりを追求するハイエンドミュージック。豊富なギターのリペア経験から得た知見と、独自に考案した木工技法をデジタル設計/製造技術と融合し、オリジナルのエレキギターを製作している。大阪にある工房を訪れ、話を聞いた。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 大阪市西淀川区に工房を構えるハイエンドミュージックは、従来“手工品”として作られてきたギターの概念を覆し、そのノウハウを継承しながら“工業製品としてのギターづくり”に挑戦している。

 この取り組みを支えているのは、17年にわたって国内外のギターを修理/調整してきたリペアに関する豊富な現場経験だ。数多くのギターを分解し、構造や仕組み、音響特性を見極めてきた経験が、同社の設計思想の基盤となり、独自のギターづくりに生かされている。

 同社 代表取締役の八田聡氏は、「私たちは“手工品”として培われてきた従来のギターの良さや職人の知恵を継承しつつ、常に同じ品質と精度を保てる“工業製品としてのギター”を追求しています。人の手よりも機械の方が正確に加工できる部分があり、個体差がほとんどなく、同じクオリティーを保つことが可能だと考えています」と語る。

ハイエンドミュージック 代表取締役の八田聡氏
ハイエンドミュージック 代表取締役の八田聡氏

 その思いを形にしたのが、同社オリジナルのエレキギターブランド「Infinite(インフィニット)」だ。

 3D CAD/CAMソフトウェア「Autodesk Fusion」(以下、Fusion)と木工用のCNCルーターを活用し、職人としての経験知をデジタル設計/製造に融合させたギターづくりの取り組みを紹介する。

リペアから製造へ 「Infinite」ブランド誕生の背景

 八田氏が独立したのは2008年のことだ。当初は個人のリペアショップとしてスタートし、ギターやベースの修理/調整を専門に行っていた。国内外のさまざまなメーカー製品を扱う中で、「良いギターとは何か」を構造と素材の両面から分析し、その感覚を自身の中で磨いていったという。

 「メーカーごとにギターづくりに対する思想や考え方があり、それぞれの製品が成り立っています。そうした中で、われわれのような小さな会社が新しいモノづくりに挑戦するのであれば、従来の形(ギターづくりの在り方)をそのまま踏襲しても面白くないと思ったのです」と八田氏は語る。

 そこで八田氏は、修理で得た豊富な経験を基に、ギター製造の根幹である木工に独自の技術を取り入れることを決意した。業界内で勝負できる要素を見いだし、製品化したのがオリジナルブランドのInfiniteだ。全製品に独自の木工構造を採用し、精度と音響バランスを高めている。また、外部の加工業者などを活用した分業による製造ではなく、自社で一貫して製造できる生産体制の確立も図った。

ハイエンドミュージックの工房の様子
ハイエンドミュージックの工房の様子[クリックで拡大]

「小菊ロジック」――ズレないジョイントを木工技法で実現

 八田氏が考案した「小菊ロジック」は、日本の宮大工が用いる伝統的な木組みの一種「小菊」から着想を得た独自の木工構造である。従来のエレキギターは「ボルトオンジョイント」と呼ばれる方式でネックとボディーをネジ止めしており、衝撃や緩みによってズレが生じることがある。手で弾く楽器である以上、そのわずかなズレが演奏性に影響を与えることもあるという。

 「小菊ロジックでは、ボディー側に3本の溝(凹部)を、ネック側に対応する凸部を設け、かつジョイント部の面積を通常よりも大きく確保しました。これにより、強度と音響の安定性を両立できました」と八田氏は説明する。ちなみに、ネック側の凸部もボディー側の溝のように一度凹部を設け、そこにエボニー材で作った同形状のパーツを接着してはめ込むことで凸形状を作り出している。

「小菊ロジック」が施されたボディーとネック「Fusion」上での3Dモデル (左)「小菊ロジック」が施されたボディーとネック/(右)「Fusion」上での3Dモデル[クリックで拡大]

 この構造を常に安定したクオリティーで実現するには、手加工では不可能に近い高精度が求められた。ギター工房などで一般的に導入されているピンルーターやオーバーヘッドルーターといった手動の加工機では精度に限界があり、時間と品質の安定性を両立するためには、3D CAD/CAMとCNCルーターの導入が欠かせなかった。

 ボディーやネックの材料となる木材は、加工精度を追い込んでも水分の影響により必ずわずかな狂いが生じる。同社では、木材の収縮率や繊維方向による歪みなどの特性を踏まえた上で公差設計を行い、最終的な組み付けの際に最小限の微調整で接合できるようにしているという。小菊ロジックは既に実用新案として登録済みであり、その構造上、他社が容易に再現できない独自性を持っている。

ネックとボディーのズレを抑える同社独自の「小菊ロジック」は実用新案として登録済みだ
ネックとボディーのズレを抑える同社独自の「小菊ロジック」は実用新案として登録済みだ[クリックで拡大]

指板とネックの独自接着構造を採用

 ボディーとネックのジョイントだけでなく、ネック部分の構造にも独自の工夫を施している。一般的なギターには、弦の張力による反りを補正するためにネック内部にトラスロッド(金属製の棒)が組み込まれているが、これだけではねじれを防ぐことは難しい。

 そこで、ネック内部に2本の凸状のレールを設け、指板(弦を押さえる部分)側にも対応する凹溝を削り、両者を接着する方式(指板とネックの独自接着)を採用した。接着面積を増やすことで、ねじれやたわみに対する強度を高めている。

指板とネックの独自接着「Fusion」上での3Dモデル (左)指板とネックの独自接着/(右)「Fusion」上での3Dモデル[クリックで拡大]

 この補強構造の効果は大きく、八田氏は「これまで約2000本を製造してきた中で、ねじれのトラブルはわずか1〜2本程度でした。修理業でねじれたネックを数多く見てきた経験から考えると、非常に優秀な結果といえます」と語る。

 CNCルーターで切削したロッド溝の加工精度も高く、接着の密着性を損なわない。手加工では再現できない精度を機械で担保することで、剛性と音響特性の両立を図っているという。八田氏は「ギターは剛性が上がれば上がるほど個体差が減ると考えられます。ただ、一般的には“鳴り”が弱くなるといわれますが、当社では小菊ロジックと、指板とネックの独自接着構造により、他にはない鳴りを実現しています」と説明する。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

       | 次のページへ
ページトップに戻る