技術とマネジメントの両輪から考えるR&Dイノベーション:マテリアルズインフォマティクスの基礎知識(1)(1/2 ページ)
本連載ではマテリアルズインフォマティクス(MI)の基礎知識について解説。第1回は、R&Dでイノベーションを起こすために必要な技術とマネジメントの考え方やMIの位置付けについて紹介する。
火と冶金からナノ制御へと至る技術の系譜は、知を発見し、次世代へと伝え、再利用する営みによって支えられてきました。新しい発想や偶然の発見によって知を創造し、それを制度や社会の仕組みを通じて共有することで、技術は次の世代に受け渡され、進展してきました。
20世紀は、産業革命から続く新素材や製造技術のブレークスルーによって、人々の日常を豊かにし、また著しい人口増加を受け止められる環境を実現しました。一方で、この発展の持続性を確保するために、いま私たちはサステナブルな製造やカーボンニュートラルの実現など、文明スケールともいえる規模の課題に直面しています。
新しい技術や製品が社会に実装されるまでにはしばしば20年要するという現実をどう打破し、持続的なイノベーションを実現するのか。その問いに応え得るアプローチの1つが「マテリアルズ・インフォマティクス("MI")」です。
通常MIというと、機械学習/AI(人工知能)や、ケモインフォマティクス、計測インフォマティクス、シミュレーション、ロボティクスなどの技術的な側面に注目が集まりがちです。一方で、それらを通じて研究開発の進め方そのもの、すなわちR&Dマネジメントを変革する側面についてはあまり含意されません(ゆえに今回はこれらを含むMIを"MI"と引用符付きで表現します)。
「経験や勘に依存してきた部分知(個人に閉じた暗黙知)を、データと仕組みを通じて結合知(組織で再利用可能な知)へと高め、個人の試行錯誤を組織の学習に変えていく」[1]。
"MI"浸透の先には、持続的に成果を積み重ねるそうしたR&Dの姿を見いだすことができます。
本連載では、"MI"がどのように知の創造と継承をスケールアップし、持続的なイノベーションの仕組みへとつながっていくのか、その可能性と考え方の一端を紹介していきたいと思います。
なぜ今、R&Dイノベーションが必要なのか
私たちを取り巻く世界は、ますます不確実性を増しています。サステナブルな製造やカーボンニュートラルといった環境課題、急速に変化する市場のニーズ、そして地政学に由来するサプライチェーンの再編。こうした外部環境の急激な変化に加え、研究開発の内部では、属人的な取り組みが多く、開発プロセスにおける知見の蓄積が十分に記録/共有されないまま埋もれてしまうという状況があります。
こうした外部環境の圧力と内部環境の制約が重なり、いま研究開発には技術とマネジメントの両方の革新が求められています。AIをはじめとする革新的な技術の導入が注目される一方で、試行錯誤をどう記録し再利用するか、組織における「データ、情報、知識、判断の流れ」をどう再設計するかといった仕組みの変革も欠かせません。両者が一体となってはじめて、持続的なR&Dイノベーションが実現できると考えています。
なぜなら、新しい技術はそれ単体では局所的/一時的な成果にとどまりやすく、組織設計に統合されて初めて確固たる力を持つからです。実際、研究開発へのAI導入について、自然に組織的な“活用”が進んだ例を目にすることはほとんどありません。業務プロセスの一部で断片的に“利用”されるケースはあっても、その場合のインパクトは限定的です。
この背景には、"MI"の技術やプロダクトがまだ発展途上であることに加え、研究開発プロセスのマネジメント革新の方法論が確立しておらず、十分なリソースを割いて進める判断が難しいからだと考えています。開発プロセスで得られる知見や成果の再利用の仕組みが整っていなければ、せっかくの新技術も組織的な成果に結び付かず、点で終わってしまいます。筆者自身、所属するMI-6でプロダクト開発に責任を持つ立場として、この「技術と仕組みの両輪」をどのように設計するかを日々模索しています。
このように、現代のR&Dには技術とマネジメントの両面の革新が求められています。ここで用いられる「手段」は新しいのですが、これが研究開発の歴史において新しい「挑戦」というワケではありません。非常に困難ですが、それが成功したとき、文明レベルでの影響を与えるイノベーションも創生され得ます。その象徴的な事例として、ローマ時代のコンクリート技術を紹介しましょう。
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