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PLM実現に向けたAI時代のデータマネジメントAIとデータ基盤で実現する製造業変革論(4)(2/3 ページ)

本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。第4回は「データマネジメントの本質」について考える。

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3.SoR(System of Record)とSoI(System of Insight)の概念

 BOMのように製造業の業務フローを流れるデータでは、高い精度が求められることから、厳密な構造でデータを「管理」する手法が中長期的に採用されていくものと考えられます。一方で、製品、機能、拠点、時系列といった複数の軸をまたいで、膨大なデータから新たな示唆を得ようとする場合には、データ管理的なアプローチでは限界を来すこともしばしばあります。本章では、データの「活用」を発想の起点とし、AIの力を借りながらデータを統合するアプローチについて解説します。

 「管理」と「活用」の違いを俯瞰するために、前回も少し触れた「SoR(System of Record)」とSoIという概念について、あらためて詳しく紹介します。これらは単なるITシステムの分類ではなく、業務設計全体におけるデータの蓄積と活用の役割を明確にする視点として、近年注目を集めています。

 まず、SoRとは「記録のためのシステム」を意味し、業務遂行に必要な情報を正確かつ一貫して記録/管理する役割を担います。製造業における代表的なSoRとしては、ERP(Enterprise Resource Planning)、PLM(Product Lifecycle Management)、MES(Manufacturing Execution System)などが挙げられます。それぞれの役割は以下の通りです。なお、ここでの「PLM」は、本稿で掲げるコンセプトとしてのPLMではなく、製造業における一般的なPLMシステムの使われ方を指しています。

  • ERP
    生産計画や購買、在庫、販売、会計などの基幹業務を統合的に管理する
  • PLM
    製品の構想設計から設計変更、廃棄に至るまでのライフサイクル全体における情報を一元管理する
  • MES
    工場の製造実行レベルでの工程進捗(しんちょく)や品質、設備の稼働状況などをリアルタイムに記録/監視する

 これらのSoRは、非常に厳密なデータ構造を持ち、業務ごとの正確なプロセス管理を可能にしています。しかしその一方で、システムに蓄積されたデータを柔軟に組み合わせて横断的に活用しようとする場合には、大きな制約が生じます。なぜなら、それぞれのデータ構造が業務目的に最適化されているため、部門横断的なデータ統合や分析が難しく、結果として経営や現場の意思決定に生かしにくいという課題が浮き彫りになるからです。

 このような背景から、近年注目されているのがSoIという考え方です。SoIは、SoRに蓄積されたデータを基に統合/分析/可視化/洞察を行い、それを現場や経営の判断に活用するためのシステム基盤です。例えば、非構造化データ(あらかじめ定められたフォーマットや構造がないデータ)を扱えたり、分散されたデータをAIを用いて統合し、分析可能な状態にしたりするような機能を備えているものもあります。

 「SoRとSoIという異なる概念を持ち出す必要があるのか?」と疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれません。そこで、理解の補助線として、金融業界の事例を紹介します。近年の金融業界では、オンラインバンキングやパーソナライズされた金融商品の提案など、データ活用によるサービスの高度化が進んでいます。その鍵を握るのが「レコメンドシステム」です。顧客の取引履歴や属性、行動データを基に、次に最適な金融商品やサービスを提案するこの仕組みは、まさにSoIの代表的な応用例といえるでしょう。

 ここで仮に、こうしたレコメンドシステムを既存の勘定系システムのアドオンとして構築しようとすると、さまざまな問題が発生します。それは性能や保守性の問題だけでなく、そもそも勘定系が前提とするトランザクションベースの処理構造と、レコメンドシステムのようにリアルタイムかつ多次元的な分析を行う処理構造とでは、システムの構築/運用に求められるスキルやマインドセットが大きく異なるためです。勘定系は正確な記録と整合性を担保することが主目的であるのに対し、レコメンドシステムは未知のパターンや相関を探索する柔軟性が求められます。つまり、SoRとSoIには本質的な思想の違いがあり、それらを同一システム内に混在させることには限界があるのです。

 このような構造的な違いは、PLMシステムにも当てはまる場合があります。従来の延長線上でPLMにSoI的な機能を担わせようとすると、設計の複雑性や既存ルールとの整合性がボトルネックとなり、柔軟なデータ活用が阻害されてしまう恐れがあります。PLMはあくまで正確な記録を残すSoRとしての性格が強く、設計情報を横断的に分析、活用するには、SoIの設計と実装が求められるのです。

 当社が普段支援している現場でも、AIのポテンシャルを強く意識している企業ほど、SoIに戦略的に取り組んでいます。ERPやPLM、MESといったSoRに正となるデータを蓄積しつつ、それらを横断的に活用して新たなインサイトを導き出す基盤として、SoIが不可欠な仕組みであると位置付けているのです。

 また、SoIではAIを活用することも多々ありますが、同時に、“AIとの付き合い方”を組織に浸透させることも進めています。例えば、AIを用いる以上、100%の精度を期待することはできません。100%の正確性を保証しようとすると膨大な工数が発生し、本末転倒になります。しかし、「100%の精度でなければ意味がない!」と切り捨てていては膨大なデータの活用は望めません。実際、BOMのように100%の精度が求められる領域では慎重な扱いが必要ですが、例えば、新規設計時に、過去の類似部品の不具合事例から注意喚起を促すといった活用であれば、100%の精度でなくとも十分に示唆として機能します。

 このように、データを活用するためのシステムをどう構築するかにとどまらず、データごとの精度設計や、AIと人間のすみ分けまでをも視野に入れ、モノづくりの在り方そのものを見直そうとする企業が、先進企業を中心に水面下で確実に増えています。

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