世界初の無停止杼換式自動織機を構成する豊田佐吉の3つの発明:トヨタ自動車におけるクルマづくりの変革(7)(5/5 ページ)
トヨタ自動車がクルマづくりにどのような変革をもたらしてきたかを創業期からたどる本連載。第7回は、豊田佐吉による世界初の無停止杼換式自動織機を構成する3つの発明を中心に、1900年(明治33年)〜1904年(明治9年)における日本の政治経済の状況や世界のクルマの発展を見ていく。
7.力織機化と自動織機の発明が同時進行した1903年
余談であるが、図13は1903年(明治36年)からの、豊田佐吉が発明した自動織機の特許の流れである。1903年の「自動杼替装置特許番号6787号の取得」が、豊田佐吉の発明の中でも最重要かつ基点となるものであるように思われる。

図13 1903年(明治36年)からの豊田佐吉と喜一郎による自動織機特許の流れ[クリックで拡大] 出所:石井正「特許からみた産業技術史 豊田佐吉と織機技術の発展 5」、「発明」第76巻第5号(1979年)を一部修正
豊田佐吉による自動織機の基本的なアイデアは、特許番号6787号を起点に、以下のような4つの大きな流れに分類できる。
- (1)経糸切断に対する自動運転停止装置に関するもの:第6787号⇒第15009号⇒第64513号⇒第73318号
- (2)緯管交換(コップチェンジ)に関するもの:第6787号⇒第8320号⇒66012号
- (3)杼交換(シャットルチェンジ)の基本的改良:第6787号⇒第17028号⇒第65156号⇒第7433号
- (4)杼交換(シャットルチェンジ)の部分改良に関するもの。第6787号⇒第7676号⇒第18263号
図12を見ると、自動織機の実用化は、極めて長い年月と細部における多数の改良の積み重ねがあって初めて可能となったことが分かる。この積み重ねは、現在も脈々と続いているトヨタ自動車が進めする「改善」の積み重ねそのものである。これが連載第1回に述べた「モノづくりの原点」である。
注目すべきは、日本における自動織機の最初の試みがかなり早い時期、1903年に行われているという事実である。つまり、1903年は日本に力織機化がようやく進行しつつある初期時点でありにもかかわらず、既に自動織機が発明されていたのである。この独創性には非常に高い評価が与えられる。
1904年(明治37年)、日清戦争から10年後に「日露戦争」が起こり、大量の軍用綿布の需要が生じる。辛うじて日本勝利。第9回衆議院議員総選挙。日本初の国産車1号が登場した(図14)。※17)
※17)1904年(明治37年)、山羽虎夫(やまばとらお)が、日本車第1号となる「山羽式蒸気自動車」を製作。翌年「揮発油瓦斯機関」で特許(第9286号)を取得。全長約4.5m、全幅約1.3m。1本のハンドル、駆動はチェーンドライブ式、タイヤはソリッドタイヤ(総ゴムのタイヤ)、定員10人乗りで、ガソリンバーナーで沸かした蒸気を動力源とする。山羽虎夫(1874〜1957年)は岡山県で生まれた電気技師、発明者。1895年(明治28年)、岡山市天瀬可真町で山羽電機工場を設立した。
豊田佐吉は同年、新たに織機に関する特許第7433号(「自動杼換装置」「緯糸探り装置(フィーラ)」「緯糸切断自動停止装置(フォーク)」)、第7676号「経糸切断自動停止装置」、そして表2に記載のない第8320号を取得した。(次回に続く)
参考/引用文献
- トヨタ自動車75年史
- トヨタ自動車「創造限りなく トヨタ自動車50年史」、大日本印刷、1982年11月3日
- 産業技術記念館資料
- Wikipedia
- GAZOO「<自動車人物伝>豊田佐吉…発明王、トヨタ自動車の原点」
- Old Machine Press「Otto-Langen Atmospheric Engine」
- 吉田英生「George Brayton とその時代」、日本ガスタービン学会誌、Vol.37、No.3、2009年5月
- 鈴木真人「第93回:部品の標準化とセルフスターター キャデラックが先導した“運転の民主化”」
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第1回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.2、42〜47、2014年2月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第2回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.4、36〜41、2014年4月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第3回 1960年代後半から1970年代のトヨタ自動車のものづくりの形態」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.30、No.7、36〜41、2014年7月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第4回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その1」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.3、40〜44、2015年3月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第5回 1950年代後半から1970年ころまでのものづくり形態の概要 その2」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.31、No.11、42〜47、2015年11月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第6回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、44-49、2018年2月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第7回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.5、40〜48、2018年5月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第8回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.10、42〜47、2018年10月
- 武藤一夫「トヨタ自動車におけるデザイン・ものづくりプロセスの変革 第9回」、Gichoビジネスコミュニケーション、実装技術、Vol.34、No.2、42〜47、2018年2月
- 武藤一夫「はじめてのCAD/CAM」、工業調査会、2000年2月(B5判/285ページ)
- 武藤一夫「進化しつづけるトヨタのデジタル生産システムのデジタルのすべて」、技術評論社、2007年12月(A5判/271ページ)
- 武藤一夫「図解CAD/CAM入門」、大河出版、2012年8月(B5判/305ページ)
- 武藤一夫「実践メカトロニクス入門」、オーム社、2006年6月(B5判/228頁)
- 武藤一夫「実用CAD/CAM用語辞典」、日刊工業新聞社、1998年6月(B6判/316頁)
- 武藤一夫「エンジニア必携トヨタに学ぶデジタル生産・事例・用語集」、産業図書、2021年12月(A5判/887ページ)
筆者プロフィール
武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)
1982年以来、職業能力開発総合大(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。
トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network、デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。
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