次世代TRONの「T-Engine」が死しても今なお息づく「μT-Kernel」と「μITRON」:リアルタイムOS列伝(59)(3/3 ページ)
IoT(モノのインターネット)市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS(RTOS)について解説する本連載。第59回は、次世代のTRONプロジェクトで開発された「T-Engine」とカーネルの「T-Kernel」「μT-Kernel」、そしてITRONの派生型RTOSを紹介する。
μT-KernelはIEEEの標準に
一方のμT-Kernelは、2011年にVersion 2.0がリリースされる。先述した通り、もともとμT-Kernelは32ビットをターゲット(具体的にはV850とARM7)としつつ、その後16ビットもターゲットに加えており、旧三菱電機系のM16CやH8Sもサポート対象に加わっている。ところが、Version 2.0ではArmのCortexシリーズの急速な普及に伴い、ターゲットは32ビットのCortex-M3/M4/M7と、他はルネサス エレクトロニクスのRL78/RX v1〜v3と大きく変わってきた。
機能的に言えば、標準化範囲の拡大やサービスプロファイルの導入、割り込み管理機能周りの整理や見直し、省電力な無線通信でIPv6を実現するプロトコルである6LowPANのサポートなどが主な変更点ということになっている。このμT-Kernel 2.0は、その後IEEE 2050-2018としてIEEE(米国電気電子工学会)の標準となった。これに合わせてμT-Kernel 2.0の権利はIEEEに譲渡されている。
そしてトロンフォーラム(T-Engineフォーラムが2015年4月に名称変更)は、このIEEE 2050-2018準拠のRTOSとしてμT-Kernel 3.0をリリースした。このμT-Kernel 3.0は、同2.0準拠ではあるが、IoT(モノのインターネット)エッジ向けに最適化されたバージョンであり、ソースコードの全面見直しが図られることになった。現時点ではこのμT-Kernel 3.0のv3.00.07(2024年4月1日リリース)が最新版とされている。
ちなみに、もともとT-Engineはハードウェアの規格だと説明したが、μT-Kernelに対応する(というとやや語弊があるが)ハードウェアの規格として策定されたのがIoT-Engineであり、IEEE 2050-2018に準拠したμT-Kernelでの動作に向けたものとなっている(図4)。
多数存在するμITRONやμT-Kernelの派生OS
ここまでがトロン協会やT-Engineフォーラムが提供してきたTRON系OSの大まかな概要ということになるが、これら以外にもμITRONやμT-Kernelをベースとした派生OSも存在する。
先ほども少し触れたが、パーソナルメディアが提供しているPMC T-Kernel以外にもeSOLのeT-Kernel、eForceのμC3/CompactやμC3/Standardなどの、μITRON/μT-Kernelをベースとした商用製品が存在する。
また、μITRONをベースとしたTOPPERS(Toyohashi Open Platform for Embedded Real-time Systems)という派生OS(と言うにはかなり中身が違ってしまっている気もするが、出発点はμITRONである)や、これを商用化したもの(例えばUbiquitous AIのTOPPERS-Proシリーズ)もあるなど、少なくとも国内では現在も広く利用されている。
本連載で取り上げてきたRTOSはいずれも海外のもので、それもあってドキュメントからサポートまで全部外国語(基本英語だが、たまに中国語やロシア語などもあったりした)というのがネックという開発者はいまだに少なくないし、ターゲットとなるデバイスも海外の半導体メーカーのものがメインである。そうした観点で言えば、国内の半導体メーカーのICをターゲットとし、全て日本語で完結するμITRONやμT-KernelというRTOSは、実に貴重な存在ともいえるだろう。
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