PLM実現の壁 〜構造的要因と組織のジレンマ〜:AIとデータ基盤で実現する製造業変革論(2)(2/3 ページ)
本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。第2回は「PLM実現の壁」について深掘りする。
データの壁
PLMにおいて、データの一元管理は基本ですが、実際には多くの企業で部門ごとのデータが分断され、連携できていないケースが散見されます。例えば、設計(EBOM)と製造(MBOM)、サービス(SBOM)の間でBOM(Bill Of Materials:部品表)が連携されておらず、手戻りや情報の不整合が生じるといった事例です。
さらに、CADデータや製造プロセスに関する情報も適切に共有されず、必要なときに必要な人がアクセスできない「閉じたデータ」が多数存在しています。閲覧権限の過剰な制限もまた、現場でのデータ活用を妨げる要因となっています。
これらは前述した全体最適と部分最適の話とも似た内容ではありますが、それとは別の構造的な理由もあります。
そもそもデータというものを考えるとき、その蓄積がなされる力学を考える必要があります。基本的にはデータは頑張って蓄積しようとすると運用が大変になり、やがて疲弊につながっていきます。従って、自然と蓄積される、ないしは蓄積したくなる力学を押さえることが重要になります。では、自然と蓄積される/蓄積したくなるデータとはどういうものでしょうか。それは、日々の業務の結果自然と生成されるものであり、日々の業務のアウトプットの形そのままのデータです。
この力学を鑑みると、データがプロダクト軸ではなく日々の業務軸で蓄積されていく理由が明確になります。各部署はそれぞれ自部署の業務における必要なアウトプットを出していくため、その粒度や記載方法は自部門で扱われるシステムに倣うこととなります。その結果として各システムのデータを横断してつなげようとした際にうまくつなげられないということが起こり、結果的に統合システムではなく、各部門システムとその間を取り持つのがヒトという構図でプロセスが組まれていることになるのです。
また、閲覧権限についても触れておくと、機密情報の漏えい防止や法規制対応では当然ながら閲覧を絞る必要がある一方、ガバナンスの目的ではなく部門間のけん制が閲覧権限の限定を生んでいるケースもあります。さらには、過去のトラブルに起因して急場しのぎで閲覧権限を絞っている場合もあり、これが運用として残ってしまっていることもあり得ます。こうした本質的でない閲覧権限の制約によって、本来介在すべきヒトが適切に介在できずにいるケースは少なくありません。
PLMというコンセプトを実現するためには、全てのリスクをつぶすのではなく、データ活用によるリターンとリスクをてんびんにかけて判断することが重要です。リスク/リターンの判断が求められることから、組織の壁と同様にデータの壁においても経営層による主導が必要です。
経営の壁
上記の2つの壁を、経営層に帰するものとして提起させていただきました。心苦しいところではありますが、もう一点、経営層自身が壁となってしまうケースについて触れさせていただきます。
それはPLMというものに対する評価の在り方です。PLMは中長期の変革であり、かつ複合的な効果をもたらすものであるにもかかわらず、短期的/直接的なROI(投資対効果)でのみ判断されてしまうことです。特に、大企業では数多くのシステム投資やDXプロジェクトが走る中、全てに対して高い解像度を伴う評価、判断をすることは実質的に不可能といえるでしょう。そのため、工数削減など比較的定量化されやすい矮小(わいしょう)化された指標で判断されることがあります。その結果、経営の理解を得られずにプロジェクトスコープが削られ、骨抜きになるケースは枚挙にいとまがありません。
その一方、ERP(Enterprise Resource Planning/企業資源計画)システムの導入や刷新には明確な定量指標を設けずに巨額の投資判断が行われることが多々あります。これはERPが会計を主とする経営数値と密接に関わっているためです。筆者は、PLMを実現するための投資も本来はERPと同様の考え方をすべきものであると考えます。それはモノづくりの在り方を抜本的に変えていく“変革のための投資”だからです。
このように、PLMがうまく機能しない背景には、組織、データ、経営という3つの壁が存在しています。これらの壁を乗り越えてPLMを実現するには、経営層自らがその意義を理解し、現場との対話を重ねながら一体となって進める必要があるでしょう。
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