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加速度的に進む産業用ロボットの構造転換、その進化の方向性は?転換点を迎えるロボット市場を読み解く(4)(3/3 ページ)

転換点を迎えるロボット市場の現状と今後の見通し、ロボット活用拡大のカギについて取り上げる本連載。第4回は、構造的な転換期へと差し掛かっているFAシステムと産業用ロボット市場の動向について解説する。

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5.デジタルラインビルダーの台頭

 次に、ロボットを含む高度な生産システムとしての統合的なアプローチとそれを実現するデジタルラインビルダーについて解説していく。

 まず2つの具体的な実装例を取り上げてみたい。例えば、海外の自動車部品メーカーの工場では、工場建屋や加工/製造ライン、インフラなどが3Dオブジェクト化されており、プロセス最適化のシミュレーションなどを製造ラインを止めることなく実施することが可能となっている。加えて、機械、センサー、製品から収集されたデータはAIで分析され、異常が検出された場合には自己最適化アルゴリズムによって速やかに修正される。海外の電子機器メーカーにおいては、デジタル上で設計された生産ラインの3Dデータを別のシミュレーションプラットフォームと連携し、全ての3D CADの要素をデジタルライン上に取り込み、ロボット学習システム上でAMR(自律搬送ロボット)の移動経路、検査工程でのロボットアームの軌道を学習させることで組み立てラインの作業効率を向上させ、生産性を高めている事例もある。

 これらの事例のように、デジタルとフィジカルの構成要素をシームレスにつなぎ、全体最適を実現する産業用ロボットを含む高度な生産システムを支えるのが、生産技術、テクノロジーを兼ね備えた先進的なラインビルダーであると考える。従来のラインビルダーはユーザーの仕様に基づき設備(ハード)を据え付け、生産ラインを構築するフィジカルなエンジニアリングサービスを提供する立ち位置であった。しかし、近年は先端的なテクノロジーを自社のソリューションに取り込みながら製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させるデジタルラインビルダーへと変貌してきている。

 このようなFAシステムのアーキテクチャの変化点となり高度な生産システムを実現させるキーテクノロジーは、図4の左側にある6つであると考えられる。これらのテクノロジーを組み合わせ、ハードウェアや既存の生産システムと融合させることで新たな価値を生み出していく。実現される価値は、図4の右側の7つに大別されるが、これらの価値は個々の設備単位のデジタル化というよりも、テクノロジー、ハードウェア、既存のOT/ITシステムが複合的に融合していくことで実現されると捉えるべきである。そのため、生産現場においては、生産技術とテクノロジーの両方を理解し、実装可能なプレイヤーの存在が重要となる。

図4
図4 キーテクノロジーの活用を通じて実現される価値[クリックで拡大] 出所:PwCコンサルティング

 デジタルラインビルダーの事例として、海外のラインビルダーを取り上げたい。先進的な企業は、自動車関係の生産ラインなどの主力事業において、産業用ロボットを内製化し、MES(製造実行システム)、デジタルツインやIoT(モノのインターネット)プラットフォームといったデジタルソリューションを取り込み、生産設備のみならず、ハードウェアとテクノロジーを統合したソリューション提供を行い、デジタルラインビルダーとしての立場を鮮明にしてきている。デジタルツイン上でのライン設計や試運転を通じて立ち上げ期間を短縮するだけでなく、生産開始後の運用/保守段階でも製造ラインのデータ収集や予防保全によるダウンタイム削減といった生産ラインのハードの設置/立ち上げにとどまらない価値提供を行い、ユーザーの生産技術を下支えする黒子的な存在としてプレゼンスを高めている。このような取り組みは、参入が相次ぐ新興EV(電気自動車)メーカーの短期間での量産を実現するものとして製造業自体のあり方にも影響を与えている。

 ここまでは海外事例を中心に見てきたが、日本の状況はどうだろうか。日系企業ではユーザーの生産技術部門が生産ライン全体の設計/立ち上げを行うラインビルダーとしての側面を強く持ち、日本のラインビルダーは分割された工程単位でのライン構築を行う場合がほとんどである。そのため日本のラインビルダーは比較的小規模な専門特化型の企業が多く、特定分野での技術力は高いものの、加工、組み立て、検査からデジタルまでソリューションをそろえ、グローバルに事業展開する海外のトッププレイヤーとはエンジニアリング対応力で大きな差がある。

 一方で、日系企業の生産技術部門では技術と経験を有した高度な生産技術人材の多くが今後引退していくことは避けられない。日本においては、ユーザー企業とラインビルダーがタッグを組み、これまで蓄積してきた生産技術を形式知化することで、グローバル水準のデジタルラインビルダーとして業界変革をリードしていくことも可能なのではないか。生産システムの構成要素とテクノロジーのインタフェースをつなぎ、データ活用を通じて新たな価値を実現していくデジタルラインビルダーは産業構造自体を変革し得るポテンシャルを有しており、日本のラインビルダーにとっても、生産技術を蓄積してきたユーザー企業にとっても、新たな事業創出の機会となり得る。

6.今後に向けて

 市場構造の変化によってFAシステムの価値の源泉がハードからソリューションへと移行してきている中で、ロボットを含むFAシステムとインテグレーションの在り方が変化し「データとインタフェースの時代」となってきていることをここまでに述べた。

 インテグレーションの在り方はユーザーフレンドリーなアプローチと統合的なアプローチの2極化が進行している。ユーザーフレンドリーなアプローチでは「Easy to Use」なロボットシステムは実現されつつあるものの、一層の普及に向けては、より専門知識を持たないユーザーでも使いこなせるよう、さらなるインテグレーションの進化が期待される。もう一方の統合的なアプローチでは、製造業を支えてきた日本のラインビルダーやユーザー企業がこれまで蓄積してきた生産技術にテクノロジーを融合させ、変革をリードしていくデジタルラインビルダーへとその役割を進化させていくことを期待したい。(次回に続く)

参考文献

  1. International Federation of Robotics(IFR)“World Robotics 2024 - Industrial Robots”
  2. 経済産業省、2024年、「製造業を巡る現状と課題・今後の政策の方向性
  3. 日本経済再生本部、2015年、「ロボット新戦略
  4. JETRO、2023年「拡大する中国の産業用ロボット市場

筆者プロフィール

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金崎 寛(かねさき ひろし) PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

大手製造業で先端技術のグローバル事業開発、大手金融機関で先端技術を活用した新規事業開発に従事。現職ではモノづくり領域、ロボティクスを中心に、民間企業や官公庁に対し、ベンダー/ユーザー双方の視点に立って、先端技術動向の調査、技術開発、事業開発、戦略策定などの取り組みを幅広く支援している。

PwCコンサルティング


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