SDVを実現する5つのイネーブラーをフル活用するには?:ソフトウェアデファインドビークル
自動車業界で関心が高まるソフトウェアデファインドビークル。自動車メーカーが描くコンセプトは似通っているが、先行している企業と苦戦しそうな企業に分かれ始めている。実現するためにどのようにアプローチすべきか。5つのイネーブラーから整理する。
自動車業界ではSDV(Software Defined Vehicle)への関心が高まり、開発が活発化している。直訳すると「ソフトウェアによって定義されるクルマ」で、「タイヤが付いたスマートフォン」とも語られる。ソフトウェアをアップデートすることで購入後の自動車の機能をどんどん改良できるのだから期待が集まるのは必然といえる。
SDVのコンセプトは明確だが、実現は簡単ではない。自動車とスマートフォンではクリアしなければならない前提条件が根本的に違うからだ。スマートフォンであればソフトウェアのアップデートに失敗して一時的に機能が停止したとしても、そのソフトウェアを元のバージョンに戻したり削除したり本体を再起動したりして復旧できれば、あまり大きな問題にはならない。
自動車はそうはいかない。走行中に機能不全に陥ってしまうと大事故を引き起こしかねず、安全性に重大な支障を及ぼすことになる。裏を返せば、この困難な課題を乗り越えてこそ、初めて自動車は「100年に一度の大変革」とも呼ばれる進化を遂げることができる。SDVの実現に向けてどのような体制を整えるべきか、業界全体と各社の取り組みが問われている。
SDV開発の基本となる5つのイネーブラー
SDVに関する議論はどこからスタートしたのだろうか。先に述べた自動車のスマートフォン化やEV(電気自動車)シフトなど要因はさまざまあるが、大きな影響を及ぼしたのは自動運転やADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)だ。自動運転システムが高度になるにつれて、ADAS ECU(電子制御ユニット)の役割が増す。ADAS ECUを通じて走行中のデータをクラウドに集めて分析し、新たなアルゴリズムを開発して車両にフィードバックするという取り組みが求められる。これがSDVの入り口の一つになった。
ベクターはこうした取り組みが本格的に検討され始めた4、5年前からメルセデス・ベンツやステランティスといった欧米の自動車メーカーのプロジェクトに参画し、SDVに関する議論をしてきたという。もっとも、どのメーカーの取り組みも順調だったわけではない。ベクター・ジャパン 組込ソフト部 ディレクターの稲垣毅氏は、「どの自動車メーカーも考えることはおおむね同じですが、うまくいく会社とそうでない会社が明確に分かれました」と振り返る。
SDVを支えるビークルOSの取り組みが先行している会社は、「何かを新しく発明するのではなく、既にあるものを使いこなすことに主眼を置いています。ツールやSoC(System on Chip)など、既に手元にあるものや標準的な規格を活用してビークルOSを形にしようとしています。内製志向ではありません。組織面ではSDV専門の部署を設けてSDVに関する意思決定をするという特徴があります」と稲垣氏は分析する。
反対にビークルOSがうまく進んでいない会社は、「縦割りになりがちです。ツールに関する部署があり、インフォテインメントシステムやADASもそれぞれの部署でやっている……といった状況では、部署を超える連携は簡単ではありません。さまざまなアイデアがあっても、どうやって実現するのかの答えがないようです。ガイドラインがあればある程度のところまで進めていけるのではないでしょうか。グローバルの標準をよりよく使いこなす柔軟さも必要です」
こうした経験を踏まえて、SDV開発を推進する上での重要な要素が
- E/E(電気電子)アーキテクチャ
- 予備のハードウェアリソース
- ソフトウェアベースレイヤー
- ソフトウェアファクトリー
- スキルと専門知識
という5つのイネーブラーだ。
E/Eアーキテクチャとハードウェアのリソースの余裕
「E/Eアーキテクチャ」は自動車の機能全体をつかさどるもので、まさにSDVの基本となるものだ。E/Eアーキテクチャは「センサーやアクチュエーター」「サービス層」「アプリの実行環境」「クラウド活用とクラウドアクセス」の4層からなる。この4層がやりとりするためのネットワークトポロジーを設計することで、セントラルゾーンアーキテクチャを実現する。中央に置いたHPC(ハイパフォーマンスコンピュータ)に負荷が高いソフトウェアの処理や自動車全体の制御を集約して実行する。
ベクターはE/Eアーキテクチャに求められるソフトウェアを広くカバーしている。セントラルゾーンアーキテクチャの各ECUやHPC用OS、プラットフォームソフトウェアを提供する。これまで自動車で使われてきたAUTOSAR ClassicはSDVでも適用される。バックエンド側のクライアントアプリ向け製品の開発にも注力している。自動車の末端にある各種センサーが使用するマイコン用の「MICROSAR IO」も用意している。
稲垣氏は「ソフトウェア機能からハードウェアを抽象化し、サービス指向アーキテクチャを実装します。さらにセーフティー、セキュリティ、リアルタイム性などを考慮した上でソフトウェアのイノベーションを実現します」と取り組み方を示す。
2つ目の「予備のハードウェアリソース」は、ハードウェアのサイズとして拡張の余地を残しておくことを意味する。ソフトウェアのダイナミックな更新を実現するとともに、ハードウェアのリソースの柔軟性を確保することが求められる。「SOP(量産開始)の時点のHPCハードウェアリソースだけに注目するではなく、SDVの将来の発展まで見据えておくことが重要です」と稲垣氏は説く。
3つ目の「ソフトウェアベースレイヤー」は、その名の通りあらゆる車載ソフトウェアの、ひいてはビークルOSの基盤となるものだ。ベクターはAUTOSAR BSWベンダーとしてBSWに強みがあり、イーサネットスイッチやセキュリティチップのファームウェアもラインアップにある。こうしたさまざまなソフトウェア製品を他社製品とも組み合わせて一つの大きなプラットフォームにインテグレーションして提供する。
「ビークルOSに対してインフォテインメントシステムやADASのECUが縦割りになっていると、うまく連携できません。一つのベースレイヤーをコンフィギュレートする形で切り替えて使うことを提案しています。一つのビークルOSのプラットフォームでさまざまなECUに展開できるようにサポートします」
ソフトウェア開発を超えた幅広いスキルと専門知識も必要
4つ目のイネーブラーである「ソフトウェアファクトリー」では、車載ソフトウェア開発におけるCI/CD/CT(継続的インテグレーション/継続的デリバリー/継続的テスティング)のパイプラインをクラウドで実現する。SDVの迅速なイノベーションサイクルを実践するには、エンタープライズソフトウェアの開発で広く普及しているDevOpsのアプローチを採用してアプリケーションとサービスを自動的に提供できる能力を高める必要がある。ベクターはツールのクラウド対応を推進し、CI/CD/CTの自動化に貢献する。
優秀なツールがあっても、一つのツールだけでは車載ソフトウェアは完成しない。さまざまなツールを連携させたプロセスやワークフローを組まなければならない。ソフトウェアファクトリーはその取り組みを成功に導くものであり、「ベクターの製品群は車両側のECUにもバックエンド側の機能にも対応しており、車載ソフトウェア開発の“ビッグループ”をサポートしたワークフローを自動化します」と稲垣氏は語る。
5つ目のイネーブラー「スキルと専門知識」とは、SDVの開発プロジェクトに必須のノウハウのことだ。複数の会社をまたいだ緊密な連携が必要になるため、ソフトウェア開発の人的リソースやベースレイヤー、CI/CD/CTのパイプラインだけがあってもうまくいかない。一人一人の知識が業務の領域に合致していることが重要だ。ワークフローやアーキテクチャ、インテグレーション&テスト、自動化など、幅広いスキルと専門知識が求められる。
ベクターはそうした複雑なECUプロジェクトに対応するため、ソフトウェアエンジニアやプログラマー、テストエンジニア、MCAL開発者などのアソシエイトからBSWインテグレーター、ソフトウェアアップデートエキスパート、サイバーセキュリティエキスパートなどのプロフェッショナル、システムデザイナーやソフトウェアアーキテクトなどまで、それぞれに適切なトレーニングを提供している。エンジニアリング会社とパートナーシップを結び、SDV開発に対応できるエンジニアを育成する。
イノベーションへの有力なパートナーとなるベクター
5つのイネーブラーを軸として、SDV実現のための基本的な道筋は見えてきた。ただし、自動車業界にはまだ多くの課題が残されている。
OSS(オープンソースソフトウェア)の活用がその一つだ。どの企業もSDV開発の効率化やコスト削減のためにOSSが果たす重要性や必要性については認識している。ただ、ビークルOSからマイコンのドライバまでさまざまなサプライヤーが開発に関わる中で、どのように品質を保証するのか、最適解がまだ見えていない。
標準化に関する課題もある。SDVについてはAUTOSARやEclipse SDV、COVESA、SOAFEEなどさまざまな標準化活動が行われており、同じような将来を目指しながらも競合している。どの標準に従うべきか、サプライヤーにとっても悩ましい。自動車業界の中心にいる団体が交通整理をしていかなければならない。
トレードオフの関係になりやすい機能安全とセキュリティをいかに両立させるのかも大きな課題になっている。
SDVを取り巻く課題の難易度は高いが、だからこそ世界の自動車業界全体が協力して取り組む姿勢が重要だ。一部の企業には内製への強いこだわりも見られるが、やはり単独での課題解決は難しい。SDVという大きなテーマにおいては他社とも共創していかなければならない。
そうした中で有力なパートナーとなるのがベクターなのだ。「私たちに関しては、CANoe、CANalyzer、CANape、MICROSARなどの個別の開発ツールや組み込みソフトウェアのイメージが強いかもしれませんが、単にそれらのソリューションを提供するだけではありません。共に手を動かしてプロジェクトに当たる伴走サポートの体制をしっかり整えています。4、5年前からSDVと深く関わってきた実績や標準化活動のノウハウなどをうまく利用してほしいと思います」と稲垣氏は呼び掛ける。SDVでイノベーションのチャンスをつかむ上で、ベクターは強力な味方になる。
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提供:ベクター・ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2024年8月23日