製造業のアジャイル開発導入における6つのポイント【1】ユーザーが喜ぶものを作る:製造業のためのアジャイル開発入門(2)(3/3 ページ)
複雑性/不確実性に対応するためソフトウェア開発業界で広く採用されている「アジャイル開発」の製造業での活用法を紹介する本連載。第2回は、製造業のアジャイル開発導入における6つのポイントのうち「ユーザーに喜んでもらう」という観点から3つを紹介する。
ポイント(3):関係者を巻き込み続ける
概要
品質保証、企画、運用を行っているメンバーなど、さまざまな関連するメンバーを巻き込もう。必ずしもスクラムチームに入ってもらう必要はなく、ユーザーに価値あるソフトウェアを届けるために、どんな協力ができるか探っていこう。
イメージ
状況
スクラムを採用してから半年が経過した。スクラムガイドに記載されている通り、役割やイベントは忠実にこなしている。スプリントレビューを実施しながら作ることでユーザーの求める姿に近づいていることもあり、ユーザーも喜んでいるようだ。
しかし、特に新規アプリを開発する時はかなり長い時間がかかってしまい、ユーザーからフィードバックをもらえずにいる。リリースまでの時間を軽く調査してみると以下のような内訳であることが分かった。
- 企画:3カ月
- 開発:3カ月
- 品質保証:1カ月
- リリース:1カ月
企画やリリースについては全く関与していなかったが、予想以上に時間がかかっているようだ。この時に「企画側のせいで……」のように、「◯◯側」というワードが頻出していたら気をつけよう。同じ仲間内で「あちらvs.こちら」の構図になっているかもしれない。
問題
このまま開発プロセスの改善を行っても、ユーザーにリリースする時間はあまり変わらない。初期のリリースでは一番重要な機能が入ることが多い。ユーザーに使ってもらうまでは「これでユーザーは満足してくれるはずだ!」という仮説の状態である。重要な機能を仮説のまま長期間置いておくことは、仮説が外れていた場合のリスクを肥大させていくことにつながる。
具体的なアクション
品質保証、企画、運用チームと連携しよう。その他にも、ユーザーに価値あるソフトウェアを届ける上で関連するチームがあれば巻き込んでいこう。
具体的には、バリューストリームマッピング(VSM)のような全員参加型のワークショップがお薦めだ。関係者全員で集まり、ユーザーにアプリが届くまでのプロセスと、プロセスごとにかかっている時間を書き出してみよう。VSMが完成したら全員で眺め、どこを改善すればいいのか話し合ってみよう。単独のチームでは改善が難しいものも、関係者全員ならアイデアが浮かぶはず。例えば、ユーザーも含めた関係者全員が集まって企画合宿を実施し、時間がかかっている企画の素案作りまで1日で済ませる、といったアイデアだ。
関係者全員が同じチームに入ることは難しいかもしれないが、みんなで同じワークショップを体験し、ユーザーにアプリが届くまでの流れ全体を改善するという目的を共有し、協力できる関係を築いていこう。
実施後の結果
開発チームだけでは実施が困難な改善活動がスタートし、3〜6カ月後にはリリースまでの時間が大幅に改善できる。関係者同士の関係も「あちらvs.こちら」から「問題vs.私たち」に改善できていくはずだ。
また、改善前後での指標(リリースにかかる時間)の変化が明確になることで、組織の壁を超えて活動することの効果が周りの人にも理解してもらえるようになる。
初期リリースまでの時間が短くなることで、重要な機能に関するフィードバックを早く受け取ることが可能になり、フィードバックからユーザーを学ぶことで価値が高いソフトウェアに近づけていくことができる。
まとめ
今回は、製造業のアジャイル開発導入における6つのポイントのうち、「ユーザーに喜んでもらう」という観点から3つを紹介しました。リリースを早くするのが目的ではなく、その先のユーザーにとって価値のあるものを作っていくための一歩目にしていきましょう。次回は「チームや組織にアジャイルを広めていく」という観点で残り3つのポイントを紹介していこうと思います。
筆者プロフィール
笹 健太(ささ けんた)
2018年にクリエーションラインに転職。他社のアジャイル、DevOps導入支援を通じて変革のお手伝いを行っています。前職は製造業でロボット制御ソフト開発を行っていました。
そこでスクラムを取り入れたことをきっかけにアジャイルに興味を持ち、今に至ります。
最近は個人向けのコーチングもやってます!
趣味はキャンプ、この頃ハマっているものはスプラトゥーン3です。
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