従業員の発明の権利を会社に帰属させる「職務発明規定」、どう定めるべきか:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(16)(3/4 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第16回は、知財デューデリジェンスでも問われる職務発明規定の定め方について、留意点を解説する。
職務発明規程作成のプロセスと作成後の運用
企業から従業員などに付与する「相当の利益」が不合理なものであるか否かを判断するに当たっては、特許法35条5項に例示される以下の手続の状況が適正かをまず検討されます。原則的にそれらの手続が適正であると認められる限りは、使用者と従業者があらかじめ定めた契約、勤務規則、その他の定めが尊重されます※4。
(1)「相当の利益」の内容を決定するための基準策定※5に際して使用者と従業員との間で行われる協議の状況
(2)策定された当該基準の開示の状況
(3)相当の利益の内容の決定について行われる従業員などからの意見聴取の状況
※4:「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業員等との間で行われる協議の状況等に関する指針」(以下、「ガイドライン」という)
※5:職務発明規程全体を指すのではなく、特許法35条4項の「相当の利益」の内容を決定するための基準を意味することに留意されたい。
そのため、上記の手続の状況が適正といえる状態にすることが、職務発明に関するリスクをヘッジする上で重要となってきます。以下、ガイドラインにおいて言及されている点のうち、スタートアップとの関係で特に重要と思われる点を中心に、若干の検討を加えます。
(1)「相当の利益」の内容を決定するための基準策定に際して使用者などと従業員などとの間で行われる協議
この協議については、使用者と従業員が対面で行う必要はなく、書面や電子メールなどを活用する形で行っても良く、方法に特段の制約はないものとされています。
そして使用者は、基準を策定する段階で、当該基準の適用を想定している従業員と協議する必要があります。ただこの当該協議は、必ずしも従業員一人一人と個別に行わなくとも良く、一堂に会した従業員と話し合いを行ったり、社内イントラネットの掲示板や電子会議などを通じて集団的に話合いを行ったりすることも許されます※6※7。
※6:ただし、集団的な話合いに参加した従業者について、当該従業者が発言しようとしても、実質的に発言の機会が全く与えられていなかったといった特段の事情がある場合には、不合理性の判断における協議の状況としては、不合理性を肯定する方向に考慮される。
※7:この場合、協議への参加の案内は参加者全員にするとともに、欠席者にも別途当該基準案について意見を提出する機会を確保することが望ましい。また、出席者、欠席者から後日出された意見に対する回答は、必要に応じてまとめて当該対象者に提示して説明を行い、必要に応じて当該対象者からの再意見に対しても同様の対応を行うことも望ましい。
また、「協議」と規定されているように、協議の結果、従業員との間で合意が成立することまでは求められていません。合意が成立せずとも実質的に協議を尽くしたと評価できる場合には、協議の状況としては不合理性を否定する方向で考慮されます(合意が成立した場合はより強く否定する方向で考慮されることはもちろんです)。
なお、協議にあたっては、使用者は自らの主張を行う際、その主張の根拠(資料又は情報)を示すことも重要です。この資料又は情報としては、以下のものが例として挙げられています※8。
※8:なお、使用者やその他関係者の営業秘密などの情報を従業者に対して提示することが問題と判断される場合、その情報を提示する必要はないと考えられる。
(1)使用者などの作成した基準案の内容
(2)研究開発に関連して行われる従業者などの処遇
(3)研究開発に関連して使用者などが受けている利益の状況
(4)研究開発に関する使用者などの費用負担やリスクの状況
(5)研究開発の内容、環境の充実度や自由度
(6)公開されている同業他社の基準
(2)策定された当該基準の開示の状況
この「開示」については、オフィスの掲示板などで掲示することをせずとも、基準の適用対象となる職務発明をする従業員がその基準を見ようと思えば見られる状態にすることを意味します(開示方法については特段の制約はない)。
この開示のタイミングについては、遅くとも「相当の利益」付与時までには開示されている必要があります。より望ましいのは、職務発明に関する権利が使用者等に帰属する時までに開示されていることとされています。
また、開示の程度については、相当の利益の内容、付与条件その他相当の利益の内容を決定するための事項が具体的に開示されている必要があります※9。
※9:そのため、例えば、職務発明規程に「報奨金の額,支払方法等については,別途定める手続きにより決定するものとする」と規定するのみで、補償金額、支払方法などについて具体的な規定を欠いている場合には、基準の開示を欠くと評価されるおそれがある(知財高判平成27年7月30日(平成26年(ネ)10126号)【野村證券事件】参照)。
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