従業員の発明の権利を会社に帰属させる「職務発明規定」、どう定めるべきか:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(16)(1/4 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第16回は、知財デューデリジェンスでも問われる職務発明規定の定め方について、留意点を解説する。
前回はスタートアップのM&Aの中でも、特に知財DDにおける留意点をご紹介しました。連載第16回である今回はその続きとして、職務発明において注意すべきポイントをご紹介します。
※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。
従業員の発明やデザインを会社に帰属させる
会社の従業員が会社の職務として何らかの発明やデザインなどを行った場合、これらについての特許権や意匠権を取得すべく出願する場合は、特許を受ける権利や意匠を受ける権利を当該従業員から会社に帰属させる必要があります。そのために必要となるのが、職務発明規程です。これらの権利を会社に帰属させることは、特許権や意匠権を会社が適法に出願して取得する上で不可欠で、そのためM&Aに際してのDDでも確認される事項です。
ちなみに、職務発明規程を当初から設けているというスタートアップは、残念ながらさほど多くないように見受けられます。会社設立後、職務発明規程を用意していない場合には、当該従業員から会社に対し、特許を受ける権利や意匠を受ける権利を譲渡していたことを過去にさかのぼり確認する書面を交わすなどしてフォローする必要があります。しかし、退職済みの従業員との間でこれらの書面を交わすことが難しいケースもあるので、早期に職務発明規程を作成しておくことが望ましいでしょう。
また、特許を受ける権利や意匠を受ける権利を会社に帰属させる場合、法律上、その対価として、「相当の利益」(特許法35条4項、意匠法15条3項)を当該従業員に対して付与する必要があります。もし職務発明規程を定めず、従業員との間で何らの合意もしていなかった場合、従業員との間での協議で話がまとまらなければ、特許法35条やこれまでの各種裁判例に照らし、裁判において会社が支払うべき額(金銭)が定められることになります。
この金額がいくらになるかを予想するのは極めて難しいことです※1。例えば、青色発光ダイオード訴訟として有名な日亜化学工業職務発明事件の第一審(東京地判平成16年1月30日判タ1150号130頁)では、会社から発明者に対して200億円支払う旨命じる判決が出されています。そのため、DDにおいては、適切な内容の職務発明取扱規程を適切なプロセスで作成し、適切に運用されているかを確認することが重要です。以下、各点について検討します。
※1:例えば、以下の点を踏まえながら、メリハリを付けて調査検討することとなろう。(1)(自己実施の場合)売上が大きい製品またはサービスにおいて実施されている特許権などはないか。(2)他社に実施許諾している場合、多額のライセンス料収入を上げている特許権などがないか。(3)他社に実施許諾している場合、ライセンス収入に直結せずとも、クロスライセンスに供していたり、標準化のために無償または廉価でライセンスに供し、非常に広範に利用されている特許権などがないか。(4)過去または現在において職務発明の相当の利益をめぐって従業員との間で紛争が発生していないか。
職務発明規程の内容
会社から従業員などに付与すべき「相当の利益」は、必ずしも金銭の支払による必要はなく、「経済上の利益」であれば、例えばストックオプションの付与でも良いとされています。そのため、キャッシュの余裕が常にあるわけではないスタートアップにとっては、事前に職務発明規程を設け、自社に即した従業員に対するインセンティブ制度を設計しておくことが望ましいでしょう。
そこで、特許庁が中小企業用のひな型として用意している職務発明規程を参照しつつ、スタートアップとして望ましい職務発明規程を考えてみます。
(目的)
第1条 この規程は、A株式会社(以下「会社」という。)において役員又は従業員(以下「従業者など」という。)が行った職務発明の取扱いについて、必要な事項を定めるものとする。
(定義)
第2条 この規程において「職務発明」とは、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者などがこれをするに至った行為が当該従業者などの会社における現在又は過去の職務範囲に属する発明をいう。
スタートアップの場合、役員自らが発明を行う場合も決して少なくないため、本条項案のように、役員もこの規程の適用対象となることを明らかにしておくほうが望ましいでしょう(1条)。
(届出)
第3条 会社の業務範囲に属する発明を行った従業者等は、速やかに発明届を作成し、所属長を経由して会社に届け出なければならない。
2 前項の発明が二人以上の者によって共同でなされたものであるときは、前項の発明届を連名で作成するとともに、各発明者が当該発明の完成に寄与した程度(寄与率)を記入するものとする。
職務発明(職務意匠)がなされた場合、会社として、当該発明(意匠)について、権利化すべきか、(特に職務発明の場合)権利化せずにノウハウとして秘匿化すべきかを検討しなければなりません。そのため、発明届け出により職務発明(職務意匠)がなされたことが確実に会社に伝わる体制にすべきです。また、当該職務発明(職務意匠)をなしたメンバーに対する相当の利益の付与の手続きなどもあるため、そのためにも職務発明(職務意匠)がなされたことを確実に認識する仕組みが必要です。
(権利帰属)
第4条 職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する。
平成27年特許法改正により、あらかじめ職務発明規程などで定めた場合、職務発明に関する特許を受ける権利を会社が原始的に(権利発生時から)取得できるようになりました(特許法35条3項)。これによって、従業員が第三者に対して特許を受ける権利を譲渡した場合の二重譲渡問題や、発明届出などの提出を失念していた場合などのリスクに対しても、上記条項を含む職務発明規程を制定して効力が発生するように適切な手続きさえとっておけば、権利の帰属自体のリスクは回避しやすくなります。そのため、本条項案のように、発明完成時に会社が特許を受ける権利を取得する旨を定めることが望ましいでしょう。
(権利の処分)
第5条 会社は、職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、当該職務発明について特許出願を行い、もしくは行わず、又はその他処分する方法を決定する。
2 出願の有無、取下げ又は放棄、形態及び内容その他一切の職務発明の処分については、会社の判断するところによる。
特許を受ける権利が会社にあったとしても、特許出願をせず、秘匿化を選択した方が事業戦略上有利な場合もあります。そのため上記条項案のように、出願するか否か、または出願後の処分をどうするかについては、会社の判断に委ねる旨の規定を設けることが望ましいでしょう。
(協力義務)
第6条 職務発明に関与した従業者等は、会社の行う特許出願その他特許を受けるために必要な措置に協力しなければならない。
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