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ディスクリート設計×マテリアルリサイクルによる東京2020表彰台プロジェクト環デザインとリープサイクル(4)(2/5 ページ)

「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第4回では「ディスクリート設計×マテリアルリサイクルによる東京2020表彰台プロジェクト」について取り上げる。

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「リサイクル」のその後

 今回あらためて解説したいのは、この表彰台の“後活用”についてである。リサイクルによって作られた表彰台を、東京2020大会後も後活用することは、設計時から話し合われていた。今回、市民参加型の仕組みで回収した使用済み洗剤プラスチック容器は、何もしなければゴミとして捨てられ、焼却/埋め立てされていたはずのものである。これを全国規模で市民から集め、資源として再利用し、表彰台として転生させたことは、ゴミ削減、環境負荷低減の観点からも有効であった。ただし、リサイクルから3Dプリントして表彰台を製作する過程では、製造時にも輸送時にも電気やガソリンなどのエネルギーを要している。

 そうした状況の上で、仮に、東京2020大会後、この表彰台を廃棄処分し、ゴミとして焼却/埋め立て処理していたとしたら、結局のところゴミの量は当初と変わっておらず、かつ表彰台製作にかかったエネルギーとコスト分だけが増大してしまうこととなる。すなわち、このリサイクルは単に廃棄処分を「延命(先延ばし)」させただけにすぎないことになってしまっていただろう。

 もちろん、全国規模の市民回収で表彰台を製作したことの社会的価値は大きく、本プロジェクトは海外メディアにも多数取り上げられている。その価値だけで、今回費やしたエネルギーやコストに十分見合っている、という解釈もできなくはないだろう。しかし、製作チームはそこに甘んじることなく、一貫して「ゴミを出さない=廃棄しない」ことに徹底的にこだわり続けた。

 また、「使用済み洗剤プラスチック容器」を「表彰台」へと転生する過程で、樹脂の収縮抑制の観点、接着性向上の観点、耐久性/耐候性向上の観点、光沢性付与の観点などから、グラスウール材をフィラー材(充填(じゅうてん)剤)としてプラスチックに混合して用いた。ここで使用するグラスウール材もまた、廃棄された使用済み冷蔵庫などから抽出した“リサイクル材”の一種である。しかし、一般的にこのグラスウール材を混錬したプラスチックは、焼却処理には適さないものとなり、処分を難しくする原因ともいわれていた。3Dプリントという新しい製造技術を用いて、丈夫で強度上の不安のない表彰台を作るために必要となるフィラー選択ではあったが、他方、このことからも、この表彰台を「廃棄ではない方法」で未来に残す責任を強く背負うこととなった。

 後活用の検討には長い期間の議論を要したが、多くの関係者の尽力によって、最終的に全ての表彰台が大会終了後、東京2020大会のメダリストの出身校や、選手の受け入れに協力した自治体へと譲渡されることになった。譲渡は2022年前半に速やかに行われ、筆者が住む神奈川県鎌倉市にも表彰台1セットが贈られ、地域のスポーツ大会などで利活用されている。

2022年10月10日、鎌倉市のスポーツイベントで披露された表彰台。中央に立っているのが筆者、左奥が材料設計を担当した特任講師の湯浅亮平氏
図2 2022年10月10日、鎌倉市のスポーツイベントで披露された表彰台。中央に立っているのが筆者、左奥が材料設計を担当した特任講師の湯浅亮平氏[クリックで拡大]
表彰台で子供が遊ぶ様子。神奈川県鎌倉市にて
図3 表彰台で子供が遊ぶ様子。神奈川県鎌倉市にて[クリックで拡大]

 約400個ある「台座(最小単位、モジュール)」には、それぞれ固有の番号が振られている他、筆者の発案で、QRコードによる「トレーサビリティータグ」も取り付けられた(このタグの仕組みは、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC) 教授の三次仁氏の協力によるもの)。このような個体識別の仕組みなどの活用により、「どの台座が、どの競技の表彰式で使われたものなのか」を大会中に記録として残すことができた。そのため、それぞれの台座には、「サッカー」「ラグビー」「野球」など、大会中に実際にどの競技の表彰式で利用されたのかを示す「履歴証明書」が付属されており、今も使用時には市民にこの情報が伝えられている。つまり、大会前は「98台の表彰台」という均質な物質だったものが、大会を経て、「1台ずつがそれぞれ異なる記憶(メモリアル)を刻んだ、98台の固有の表彰台」という、メディア性を帯びた物質(情報体)へと変化したことになる。

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