ディスクリート(離散的)設計の可能性:環デザインとリープサイクル(3)(2/3 ページ)
「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第3回では「ディスクリート(離散的)設計の可能性」について取り上げる。
2020年代「ディスクリート設計」の多ジャンル/他ジャンルへの横断的展開
こうした新陳代謝の発想は、建築分野でも今新しいフェーズを迎えている。例えば、近年木造による高層ビル建設が技術的にも法律的にも可能になってきた。筆者らは先日、2030年の未来都市のイメージ動画を発表したが、その中でも基本ユニットを単位として「増築」と「減築」を可逆的に可能とするような、木造の高層ビルディングのイメージを取り入れた。
同時に、建築分野を中心に長く積み上げられてきた「ディスクリート設計」の発想は今、建築以外のジャンルにも急速に横展開されはじめている。ファブラボの総本山である、Neil Gershenfeld(ニール・ガーシェンフェルド)教授が率いるマサチューセッツ工科大学 センター・フォー・ビッツ・アンド・アトムズ(CBA:Center for Bits and Atoms)では、「分解と組み立て」の考えをベースとした基本ユニットに基づく設計方法を、3次元的な立体電子回路、小型のモーターなどの運用機構、軽量のレーシングカーの外装、ドローンなどのジャンルに適用し、鋭意研究を進めている。
こうしたジャンルは、先に述べた「巨大過ぎるために、そもそも部品に分解して設計し、組み立てないとつくることができない」建築とは異なり、一体加工で設計/製造することももちろん可能である。実際、これまでは長く一体加工によってつくられてきた。しかし、そうであっても現在、「ディスクリート設計」の可能性へと舵を切って取り組みが進められている背景には、時代の大きな流れがあるに違いない。
それは、連載第2回で述べたような、社会の流動化、ニーズの多様化、欲求や要求の素早い変化といった、かつてない状況に対する応答の模索であり、かつ「ゴミを出さない=ゼロエミッションという大前提(環境的視点)」を担保しながら、それを実現しなければならないと方向感が共有されてきたからであろう。デジタル前提の設計環境になったことで、より柔軟で適応的なモノづくりが実現段階に入ったということでもある。
しかし、こうした「ディスクリート設計」に基づく適応的な人工物を社会実装するためには、もう1つ重要な論点がある。それは、単に「分解と組み立てができるように」設計するだけでは不十分であり、さらに「分解と組み立ての手間やコストをいかにして下げるか」まで踏み込まなければならないことである。
どんなに分解と組み立てが技術的に担保されていたとしても、その「作業コスト」が高ければ、よっぽどの理由がない限り、それが現実に実行されることはない(中銀カプセルタワービルのカプセルは、結局「解体」が決定される今日まで分解/交換はされなかった)。より詳細にいえば、分解と再組み立てによって新たに発生する「付加価値」が、実際の作業コストを超えるということが担保されてはじめて、それが実行に移される。
しかし、それは容易なことではなく、現在多くの現場で抱えている人手不足や高齢化の問題がその難易度をさらに上げている。現場の無人化/省人化のテーマも、これらと併せて検討していく必要があるのだ。そうした問題意識に基づき、人手を介すことのないまま、基本モジュールの「自動的/自律的な分解と組み立て」を行うプロセスの可能性を研究しているのが、マサチューセッツ工科大学のSkylar Tibbits(スカイラー・ティビッツ)氏率いる「セルフ・アセンブリ・ラボ(Self-Assembly Lab)」である。空気中や水中など異なる環境下において、基本単位となるモジュール群に、外部から「振る」「混ぜる」「揺らす」などの外力(エネルギー)を与えることで、自ずとモジュール群が相互作用によって結び付き、全体像が組み上がっていくプロセスを開発しようとしている。前回、田中浩也研究室の升森敦士や三井正義が取り組んでいた研究を紹介したが、同じ方向性を有する。既に述べた通り、これらはすぐに産業化できるテーマではないにせよ、今新しい生産プロセスを発明するためにはじっくりと持続すべき方向性である。
また、完全に人手をなくすというわけではなくとも、基本単位モジュールの形状設計に工夫を凝らすことによって、人間の負荷を大幅に減らす新しい「運び方」を実現する、という中間的な解法の研究もある。「マター・デザイン(Matter Design)」では、これまで巨大なクレーンでしか運べなかったようなコンクリートのモジュールを、人々が「転がし」ながらゴロゴロと運び、組み立てられるような新たな施工法を開発しようとしている。高齢化や少子化が進む中でも、人々が無理なく「施工できる」ような方向性の研究には時代性が感じられる。これはまた、レゴのような玩具モジュールが持つ「楽しさ」を、いかに本格的な人工物にまで敷衍(ふえん)できるかという視点でも捉えることができよう。
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