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製造技術史における「100年」の区切りだった2012年環デザインとリープサイクル(2)(2/2 ページ)

「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第2回のテーマは「『100年』の区切りだった2012年」だ。

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デジタル製造物の「ライフタイム」を巡って

 2012年当時にはあまり語られていなかったが、2010年代中盤以降に前景化した「廃棄」にまつわる新たな問題系を巡って、メイカーズやファブラボかいわいから早くに生じたアクションは2つに整理できる。

 1つは、従来型の製造業から「大量廃棄」されて排出された製品や資源を、デジタル製造やファブラボで「修理」したり、「アップサイクル」したりすることで、ロングライフに転換していこうという取り組みである。そして、もう1つは、メイカーズやファブラボで作られるものを「そもそも廃棄しない(ごみにしない)」ために、「使用後のことまでを考えた新たな“デジタル”な作り方」を研究していこうというものであった。

 まず、前者の流れから整理しよう。当時まだ3Dプリンタの速度は遅く、強度も十分ではなかったが、修理パーツを作成することにはある意味適していた。モノの「壊れ方」は常に一回性のものであり、修理や修繕は多品種一品生産を行う3Dプリンタとも相性が良かった。その論は『クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト』(millegraph)にまとめられているが、現在では、アクセンチュアによる『2030年を見据えたイノベーションと未来を考える会 イノベーション・エグゼクティブ・ボード(IEB) サーキュラー・エコノミー』(2020年発表)において、3Dプリンタの役割の1つとして「正確な修理による寿命長」と明確に示されている。産業レベルにまで到達した金属3Dプリンタの、現在の活用どころの1つは、スペアパーツや交換用部品の即時補給である。3Dスキャンと組み合わせることで、固有の部品を作ることができれば、それは製品のロングライフ化につながる。

 そしてもう1つ、メイカーズやファブラボで個人的に作られたものを「廃棄しない(ごみにしない)」ために何ができるかという議論もあった。メイカーズやファブラボかいわいで個人によって生産されたものは、そもそも「個人の強い欲求(ウォンツ)や需要(ニーズ)」に端を発して生まれたものであるから、それは必然的に愛着を伴い、長く使われるだろうという意見があった。その一方で、3Dプリンタやデジタル製造技術は、「作る」ことをよりクイックで簡単に、簡易で手軽にしたために、結果的に十分に吟味しないまま無数の試作を生むことにつながり、それは結果的に「ごみを増やす」という負の顛末(てんまつ)を迎えるだろうという意見もあった。この2つの論に対する結果は、あまり研究成果がなく筆者にも正確には分かっていない(こういう研究の登場を実は期待している)。

 ただ、仮に「個人の強い欲求や需要」に端を発して生まれたものであっても、人の欲求や需要がどれだけ長く持続するかは分かりにくく、社会状況が変わってしまうこともある。人の心理や気持ち、社会状況の「変わりやすさ」に対して、モノ(物質)というものがそもそも備えている「変わりにくさ(固体である)」という特徴、この間のギャップをどう埋めるかという問題は日に日に大きくなってくる。そのような状況の中で、ファブラボと関連した大学などの研究室では、「第3の道」を目指して研究が始まることになった。それが「FabLab3.0」と呼ばれていた方向性である。

再構成可能なモノの設計

 簡単に言えば、FabLab3.0とは、モノを「固定」されたものとしてではなく、いつでも用途に応じて再構成できるように設計する技術である。ある単位ユニットモジュールの組み合わせを定義することで、立体状ユニットの「分解や組み立て」、もしくは線状ユニットの「編んだりほどいたり」という可逆的な行為で何度も再利用できるようにする。それも、デジタルやコンピュータの力を用いて、「はじめから」可逆性を有するように設計しておくという構想であった。

 筆者の研究室で、升森敦士(2012年 学部卒業/現:ALTERNATIVE MACHINE 代表取締役)や三井正義(2014年 修士卒業/現:CollaboGate Japan CEO)、関島慶太らが取り組み続けてきた「セルフアセンブリ・システム」の研究(動画参照)や、廣瀬悠一が現在でも研究開発を続けている「Solidknit」はこうした議論から生まれた成果である。

動画1 self asembly by robotArm, Hiroya Tanaka Laboratory, Atsushi Masumori, Hiroya Tanaka 出所:Hiroya Tanaka
動画2 2D Shape Construction by Self-Assembly(Long Version) 出所:atsmsmr
動画3 Solid Knitting Machine - Machine Which Makes Physical Objects Updatable 出所:Solidknit

 もちろん、このような研究は、アカデミックな研究色が強く、すぐに産業化できるテーマではないことは、はじめから理解されていた。しかし、「デジタル製造」を単に「作る」方向性だけではなく、「戻す」方向にも活用できないかという世界観/思想は、筆者も含め大切にしてきたテーマである。

 こうしたいくつかの流れが「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」(東京2020大会)表彰台プロジェクトにおいて、いったん結晶化することになる。そのことについては、また次回以降に述べていきたい。 (次回へ続く

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Profile

田中浩也

田中浩也(たなかひろや)
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター長
慶應義塾大学 環境情報学部 教授

1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。

京都大学 総合人間学部、同 人間環境学研究科にて高次元幾何学を基にした建築CADを研究し、建築事務所の現場にも参加した後、東京大学 工学系研究科 博士課程にて、画像による広域の3Dスキャンシステムを研究開発。最終的には社会基盤工学の分野にて博士(工学)を取得。2005年に慶應大学 環境情報学部(SFC)に専任講師として着任、2008年より同 准教授。2016年より同 教授。2010年のみマサチューセッツ工科大学 建築学科 客員研究員。

国の大型研究プロジェクトとして、文部科学省COI(2013〜2021年)「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会」では研究リーダー補佐を担当。文部科学省COI-NEXT(2021年〜)「デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点」では研究リーダーを務めている。

文部科学省NISTEPな研究者賞、未踏ソフトウェア天才プログラマー/スーパークリエイター賞をはじめとして、日本グッドデザイン賞など受賞多数。総務省 情報通信政策研究所「ファブ社会の展望に関する検討会」座長、総務省 情報通信政策研究所 「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」座長、経済産業省「新ものづくり検討会」委員、「新ものづくりネ ットワーク構築支援事業」委員など、政策提言にも携わっている。

東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。


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