メイカームーブメントからの10年:環デザインとリープサイクル(1)(3/3 ページ)
「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第1回では「メイカームーブメントからの10年」の歩みを振り返る。
技術研究、そして「なぜやるのか?」という問いへの省察
ところで、筆者の専門分野はデザイン工学である。デジタル製造技術から導かれる新種の設計技法と、それを支える創造性に関する研究を立ち上げることにした2011年当時、次の10年には情報世界(デジタル)と物理世界(フィジカル)を結び付けることが重要になると考え、具体的に、
- アルゴリズミックデザイン
- デジタルファブリケーション
- オープンソース
- ワールドワイドロジスティクス
の4つの技術テーマが必要になると考えていた。そして、研究室から新しい職能を生み出し、そこに「産業」を立ち上げることが目標であると「ソーシャル・ファブリケーションに向かって――テン年代のクリエイティヴィティ」(LIXIL出版)の中で記してもいた。
しかし、今になって考えてみれば、この「4つの技術テーマ」を研究することが「上層」だとすれば、それと同時並行的に、もっと手前の、根源に近い側にあるもの――「個人の心の核にある強い好奇心」、もしくは「個人の心の核にある強い問題意識」、あるいはその両方――を丁寧に掘り起こし、拾い上げることが、「創造性教育」と称して筆者が推進してきた「下層(深層)」の取り組みでもあった。
つまり、「なぜ(Why)やるのか?」という問いへの省察である。筆者はそれほど自覚なく行っていたことだが、気が付いてみればこのことが自然と、結果としては起業家育成につながっていた。個人の心の核にある原動力が丁寧に取り出され、ぶれない「柱(軸)」として外在化(言語化)していくことができれば、自らで自らの道を創り出し、共感を生み出して、社会での大きな展開へと結び付けていくことができる。
こうしたことを続けて10年――。今、再び研究室OB/OGの成長したスタートアップ起業が集まって、また新たな展開を始めようとしている。各社の事業をネットワーク的につなぎ合わせて、さらに大きな10年先の産業の絵を描こうというのだ。筆者の研究室が主催するこのキックオフイベント「Maker's Industry ラボドリブン起業 サミット vol.1」は、2022年7月29日に渋谷の100BANCHで開催され、現地参加(席数限定)/オンライン参加が可能である。メイカームーブメントの次のフェーズがここから始まる。
デジタル製造視点でのリサイクルの新しい在り方<リープサイクル>
慶應義塾大学 SFCで教育、研究、起業家育成の活動を進めてきた中で、10年前から議論の遡上には挙げられながらも、結局は保留されてきた、デジタル製造にとって避けることのできない重要なテーマがある。『SFを実現する 3Dプリンタの想像力』(講談社現代新書)」の中に、筆者は「ものを『つくる』研究の次は、いずれ、ものを『(材料に)戻す研究』が必要になるだろう」という趣旨のことを記した。
製品を再び材料に戻すことは、「リサイクル」という誰にもよく知られた言葉で呼ばれている。分野としては、材料技術やプロセス技術、機械選別などで無数の研究の蓄積がある領域だ。しかし、過去10年間にわたる、デジタル製造技術と、それを生かす設計技術の研究の蓄積を背負った筆者の立場だからこそ取り組むことのできる切り口がある。
それは「手段としてのデジタル技術をフル活用し――」「人間の創造性を最大限発露させながら――」「これまでにはなかった新しい価値を創出するような――」リサイクルの新しい在り方であり、これは従来のリサイクル研究から見れば、きっと異質なアプローチに映るだろう。筆者はまずこの考えを「リープサイクル(Leap Cycle)」と名付けることにした。
おそらくこの研究は、「A面としてのメイカーズ(モノづくり)」に対する補完的作用をもたらす「B面としてのサーキュラー(循環システム)」になっていくだろう。モノづくりを続けるためには、モノを壊し循環させる必要があり、壊し循環されたモノは、新たな形となってモノに転生されなければならない。その構想を今後の連載の中で少しずつ解き明かしていきたい。
次回は、再生プラスチックを大型3Dプリンタで製造した、2021年の「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」(東京2020大会)の表彰台製作プロジェクトをもう一度振り返りながら、リープサイクルというコンセプト誕生の経緯をつづっていきたいと思う。 (次回へ続く)
Profile
田中浩也(たなかひろや)
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター長
慶應義塾大学 環境情報学部 教授
1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。
京都大学 総合人間学部、同 人間環境学研究科にて高次元幾何学を基にした建築CADを研究し、建築事務所の現場にも参加した後、東京大学 工学系研究科 博士課程にて、画像による広域の3Dスキャンシステムを研究開発。最終的には社会基盤工学の分野にて博士(工学)を取得。2005年に慶應大学 環境情報学部(SFC)に専任講師として着任、2008年より同 准教授。2016年より同 教授。2010年のみマサチューセッツ工科大学 建築学科 客員研究員。
国の大型研究プロジェクトとして、文部科学省COI(2013〜2021年)「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会」では研究リーダー補佐を担当。文部科学省COI-NEXT(2021年〜)「デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点」では研究リーダーを務めている。
文部科学省NISTEPな研究者賞、未踏ソフトウェア天才プログラマー/スーパークリエイター賞をはじめとして、日本グッドデザイン賞など受賞多数。総務省 情報通信政策研究所「ファブ社会の展望に関する検討会」座長、総務省 情報通信政策研究所 「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」座長、経済産業省「新ものづくり検討会」委員、「新ものづくりネ ットワーク構築支援事業」委員など、政策提言にも携わっている。
東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。
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