取締役の指名権はどうする? CVCとスタートアップの株主間契約時の注意点:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(12)(1/3 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第12回はスタートアップへの投資を行う際の、株主間契約の主たる注意点を紹介する。
前回は、事業会社からスタートアップへの投資時に優先株や新株予約権を利用した場合の主要な留意点をご紹介しました。
今回は、スタートアップへの投資を行う際の、株主間契約の主たる注意点を紹介します。次回と併せて前後編となります。
※)なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。
株主間契約を締結する理由
投資契約(株式引受契約)とは別に、複数の投資家とスタートアップとの間で株主間契約が締結される理由は、主に以下のようになるでしょう※1※2。
※1:一般に、スタートアップ投資における株主間契約における当事者は、投資家・創業者株主・投資を受けるスタートアップとなることが多いものと思われる。
※2:宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム『スタートアップ投資契約 モデル契約と解説』(商事法務、2020年)100〜103頁など参考に作成。
(1)定款に定める(優先株式の内容として設計する)ことができない/できるか否かが不透明な事項をフォローするため
(2)株主間の取り決めに違反した場合の契約上の救済手段を用意するため
(3)複数回の資金調達を行う場合に、各ラウンドの投資家間の権利義務を株主間契約で一本化した方が簡便であるため
(4)(特に初期のラウンドにおいて)スタートアップのEXITの支障にならないような資本政策などとの兼ね合いから、全ての投資家が保有する株式の割合が3分の1を超えないようにする。株主間契約を定めず、会社法の定めだけに委ねると、創業者その他の経営に携わる株主らが引き続き対象会社の株主総会の普通決議・特別決議のいずれも自由に決定できることになり、投資家のコントロールが実質的に及ばない状況となるため
以上を踏まえ、スタートアップへの投資に際して締結する株主間契約において特に留意すべき点を紹介していきます。
取締役の指名権
投資家がスタートアップに投資を行う際には多額の金銭を伴う以上、出資金が適切に使用されるよう、出資後のスタートアップの動きをある程度監督する必要があります。スタートアップの経営に直接的に関与する方法の1つとして、投資家自身、あるいは投資家の意向を理解する者をスタートアップの取締役に据えるというものが挙げられるでしょう※3。
※3:優先株の内容として定めることも可能ではあるものの、株主間契約において取締役や監査役を指名する権利を付与するにとどめる例が多いように見受けられる。
スタートアップはある成長ステージ以降、投資家から取締役会の設置を要求されることになります。取締役会の設置後は、取締役会の審議・決議において一定の影響力を及ぼすことができます※4。そこで、株主間契約においては、特定の投資家にスタートアップの取締役を指名する権利(取締役指名権)が付与されることがあります。
※4:取締役会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、議決に加わることのできる取締役の過半数が出席し、出席した取締役の過半数をもって行う(会社法369条1項)。
投資家(または投資家が指名する第三者)の取締役就任はスタートアップにもメリットがあります。投資家は数多くのスタートアップに対して投資を行い、EXITの過程を間近で見てきたノウハウを蓄積していますし、また投資主体がCVC(または事業会社)である場合、当該事業分野の知見提供なども期待できます。他方でCVCが投資する際には、その投資目的次第でスタートアップや独立系VCなど、その他の投資家と利害が対立することもあり得ます。利害対立が顕在化するケースも想定しながら、指名権を付与するかを慎重に検討する必要があるでしょう。
投資家に指名を認める取締役の人数について、シリーズAでは、当該ラウンドにおける優先株式(A種優先株式)を保有する投資家全体で1人の取締役を指名するケースが多いです※5※6。ただし、投資家の指名する取締役の影響力を一定以上に維持する等の観点から、指名人数のみならず、取締役の上限数も規定されることも少なくありません。これを踏まえて投資家としては、取締役指名権を設定するのか、設定したとして行使をするのかを慎重に検討する必要があるでしょう。
上限数を規定する主な理由は以下の通りです。
※5:シリーズAで発行される優先株式を「A種優先株式」と呼ぶ例が多い。
(1)スタートアップでは創業者も3人程度という企業が多いですが、あまりに多数の取締役を投資家が指名できるようにすると、取締役の合計人数を相当程度増やさざるを得ず、取締役会における創業者側の裁量・支配権が弱くなりすぎる可能性がある※6
(2)投資家が発行会社の取締役を指名することで、スタートアップの意思決定の迅速性が失われ、結果的にスタートアップの成長を阻害する可能性がある※7
(3)投資家はスタートアップの取締役を1人指名しても、それにより発行会社の意思決定権限を得るわけではないため、取締役指名権は、オブザベーション・ライトおよび情報提供義務を規定することによって代替できる場合も多い※8※9※10
(4)取締役として経営に関与するということは同時に会社経営に対する責任を負うことを意味するから、「取りあえず権利を確保しておこう」という無目的な取締役指名権は無意味なだけでなく有害ですらある※11
※6:宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム『スタートアップ投資契約 モデル契約と解説』(商事法務、2020年)115頁。
※7:桃尾・松尾・難波法律事務所(編)角元洋利=山口敏寛=鳥飼雅夫(編著)『ベンチャー企業による資金調達の法務』(商事法務、2019年)141頁。
※8:オブザベーション・ライトは、スタートアップの取締役会に対して投資家が指名する者をオブザーバーとして派遣する権利。
※9:スタートアップおよび経営株主に、投資家に対する計算書類、事業計画書、定款等の情報の開示を求めるもの。
※10:桃尾・松尾・難波法律事務所(編)角元洋利=山口敏寛=鳥飼雅夫(編著)『ベンチャー企業による資金調達の法務』(商事法務、2019年)141頁。
投資家が指名できる取締役の人数を限定すると、「誰が取締役を指名できるか」が問題となります。複数の投資家がいる場合は、出資割合が大きな投資家に取締役指名権が優先的に与えられることが多いです。投資家相互間の関係性によっては、複数で共同して1名分の取締役指名権を持つこともあります(例:そのラウンドで発行される株式の過半数の議決権を保有する投資家らが、共同で1人の取締役を指名する)※11。
※11:小川周哉=竹内信記=荒井悦久『スタートアップ投資ガイドブック』(日経BP、2019年)207頁。
また、取締役指名権を有しない投資家も、相当額を出資している以上、スタートアップに対して一定の監督を行う必要があります。取締役会などの重要な経営判断がなされる場に参加して、状況を把握したいと考えるのは自然です。そこで、株主間契約において、投資家にオブザーバーの指名権を付与することもあります。オブザーバーは取締役ではないので取締役会における決議への参加はできませんが、取締役会や経営会議などの重要な経営判断が行われる会議には出席が認められるように設計されます。
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