株式か新株予約権か、スタートアップ投資の対価はどうすべき?:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(10)(3/4 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第10回はスタートアップへの投資契約における留意点を解説する。
株式買取請求権(プット・オプション)
株式買取請求権とは、投資実行後に、投資契約上の義務の重大な違反があり、これを一定期間内に治癒できない場合や、表明保証条項に違反した場合※13などに、投資家が、その保有する対象会社の株式を対象会社、創業者や第三者に売却することを認める権利のことであり、(投資家の)プット・オプションとも呼ばれています。
※13:違反の条件の定め方がいろいろあることは、これまで述べてきた通り。
米国の実務においては、株式に対する出資はリスクマネーの供給と認識されているため、投資契約(株式引受契約)においてプット・オプションが定められることはまれですが、日本ではプット・オプションが定められている投資契約も少なくないです。このプット・オプションは、例えば以下の理由から導入されています※14。
※14:宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム『スタートアップ投資契約 モデル契約と解説』(商事法務、2020年)245~246頁。
- 株式引受契約にかかる表明保証違反や義務違反のサンクションである補償義務は損害立証の困難性の観点から実効性に欠ける場合があり、契約全体の実効性を確保するという観点からは合理的な範囲でプット・オプションを規定することにニーズがあると考えられること
- 日本では、プット・オプションが既に普及している中で経営株主がそれをかたくなに拒絶すると、トリガーとなる義務違反を生じさせるタイプの経営者であることのシグナルになりかねないこと
- スタートアップとしても、契約違反があったり、資金調達をするに当たって説明した事実が真実でなく、又は正確ではなかったりしたのであれば(またそれが重大なものであれば)、外部投資家の資本を利用する以上は一定の重大なサンクションとしてプット・オプションの行使を甘受すべき場合があると考えられること
- 一般に、現在の日本の株式引受契約ではプット・オプションが規定されることが多いこと
- 仮にこれを規定しなくても、投資家側のレビューにおいて挿入される可能性が高いと思われること
この点について、特に創業者個人を株式の買取義務者に加える場合においては、融資においてすら、経営者に対して個人保証を付けることは控えるべきとされている(中小企業庁「経営者保証に関するガイドライン」)にもかかわらず、リスクマネーを投入する出資において、創業者個人に保証させる(連帯債務を負わせる)ことには疑問が残ります。
そのため、プット・オプション条項は、公正取引委員会「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」(以下、単に「実態調査報告書」という)において、一定の場合には問題事例として挙げられていることも踏まえ、その採否及び採用する場合の内容については、慎重であるべきでしょう。
なお、この際、優越的地位の濫(らん)用(独占禁止法第2条第9項第5号)に陥らないように注意すべきです。経済産業省・公正取引委員会の発行する「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」にも、「出資契約において株式の買取請求権を定める場合であっても、その請求対象から経営株主等の個人を除いていくことが、競争政策上望ましいと考えられる」との記載があります。
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