Z世代の心に響け、ソニーの“穴あき”イヤフォン「LinkBuds」に見る音の未来:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(21)(3/4 ページ)
ソニーが2022年2月に発売したイヤフォン「LinkBuds」は、中央部に穴が開いたリング型ドライバーを搭載している。あえて穴を空けることで、耳をふさがず、自然な形で外音を取り入れるという技術的工夫だ。これまで「遮音」を本流とした製品展開を進めてきたソニーだが、LinkBudsにはこれまでの一歩先を行くという、同社の未来に向けた思いが表れている。
“音”で理想の世界を実現する
―― LinkBudsはただ外音が聞こえるというだけではなく、多くの新技術が盛り込まれていて、いろいろな用途に使える楽しい製品に仕上がっています。ポイントの1つとして、ジャイロセンサーを搭載していますね。
ジャイロセンサーというと、昨今は空間オーディオとの組み合わせでヘッドトラッキング、首の振りに対して音像が移動するといった具合に使われがちですが、そちらの方向は強く打ち出してない。では、何をやるつもりなのかというところに、興味あるのですが。
伊藤 もちろん音楽への生かし方は私たちも考えていて、さまざまな施策をこれから実現していければなと思っています。ただ、私たちは音楽以外の新しい音の体験の可能性を最初に考えました。(LinkBudsの)発表会でもご紹介しましたが、AR(拡張現実)ゲームやナビゲーションなど、外の音をしっかり取り入れつつ、顔の向きに合わせて音が連動する要素を組み合わせて楽しい体験を提供する。こうしたものがもっと広がっていくと感じていました。
―― 顔の向きや体の向きの変化に対応できるのであれば、当然、屋内よりも屋外の方が面白い体験ができる可能性が広がると思うんです。LinkBudsはマイクロソフトの「Soundscape」とも連携していて、先日実際に使ってみたのですが、あれ、すごく楽しいですね。行きたいところへの方向を音で知らせてくれたり、街中の施設情報を教えてくれる。
例えば、ソニーは自動車そのものへの市場参入を発表しましたが、ジャイロセンサー+音声ナビゲーションって、すごい可能性があると感じています。今のカーナビシステムって基本的にドライバーが目で地図を追いかける形ですが、安全性という意味ではちょっと難があります。それが、大まかにでも方向を伝えてもらえるのならOKというタイプの人であれば、「あっちです」「こっちです」と伝えてくれるナビゲーションシステムはすごくいいなと。
伊藤 自分が見た方向から音がするというのは、情報伝達の手法として直感的に分かりやすいですよね。それと、当社が得意とする立体音響技術もナビゲーションの領域と相性がいいと思っています。
街中でスマートフォンの画面を見ながら歩く人も多くいますが、危ないですよね。本来であれば、街中を歩いているときにはARで地図が表示されて、右と左どちらに行ったらいいのかが分かるという世界が理想だと考えています。そういう理想の世界を実現する前段階として、“音”で解決できる課題はかなりあるかと思っています。
リアルの世界の魅力を底上げ
―― Soundscapeのビーコン音を聴いていると、現実世界の音と混じっていって、これは外音なのか、それともLinkBudsが出してる音なのか次第に区別がつかなくなってくるんですよ。こうした特性は音のARを楽しむためのサービス「Locatone」にも大きな影響を与えるのでしょうか。
伊藤 現実世界に音を重畳することは重要です。例えばVR(仮想現実)ゴーグルでメタバースの世界に行き、その世界に没入するのではなく、現実世界を見てリアルを実感しながら、そこに音体験を重ね合わせられるというのが1つ大きなポイントだと思います。
これをうまく生かそうと考えたときに、実際のロケーションと組み合わせてみようということで生まれたのがLocatoneというサービスです。最初に私たちが取り組んだのは、「ムーミンバレーパーク」というテーマパークに音を配置してみて、実在する場所の魅力をさらに音で底上げできないかとLocatoneで試しました。
「ムーミンバレーパーク」はただ入るだけではストーリーが分からないのですが、Locatoneなら音が勝手に降ってくるので、ストーリーを体験しながら園内を回れます。これはテーマパークの魅力を高める非常にいい例になるのではと思います。そこからスタートして、今は拡大可能なエリアをさまざま模索している最中です。
―― LinkBudsを試していて、驚いたのがマイクの集音技術です。これまでとはちょっとレベルが違うものが搭載されている。5億サンプル以上の学習を行ったAI(人工知能)で音声抽出をやるとのことですが、従来のノイズキャンセルとはまた全然違うアプローチはこれまでなかったと思います。これが搭載されたのは、LinkBudsが最初ですか?
伊藤 そうです。LinkBudsが初めてですね。
―― 相当時間をかけて開発されたと思いますが、これをLinkBudsに初搭載させた理由とは何でしょう?
伊藤 いろいろな背景がありますが、1つはZ世代の生活行動の変化です。特にコロナ禍になってからは勉強も仕事も、場所を問わずに行えるということが大事になってきています。例えば、カフェに入ってPCを広げビデオ通話をするとき、通話相手に自分の声しか聞こえないようにしたい、というニーズが出てきました。
ニューラルネットワークを活用して周囲のノイズと自分の声を選別することで、新しい音の価値を創造するというテーマ自体は、私たちも長らく持っていました。そしてちょうど技術も成熟してきたタイミングで、LinkBudsの製品コンセプトとも合うので、ここで使うのがいいのではということで、搭載しました。
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