安価で高品質な義足を途上国へ、3Dプリンタ×AIの生産技術で社会課題を解決:越智岳人の注目スタートアップ(2)(2/3 ページ)
数多くのハードウェアスタートアップやメイカースペース事業者などを取材してきた越智岳人氏が、今注目のスタートアップを紹介する連載。今回は、3Dプリンタをはじめとする3D技術を活用し、製造コストを従来の10分の1に抑えた義足を提供するInstalimb(インスタリム)にフォーカスし、開発のきっかけやこれまでの取り組み、今後の展望などについて、同社 代表取締役CEOの徳島泰氏に話を聞いた。
途上国で見た「死を待つ人」と、その家族
徳島氏は1978年生まれ。父が営む電子部品メーカーを大学生のころから手伝い、製造業の基礎を学んだ。その後、一度目の起業を経験したがプロダクトデザインの知識が足りないと感じ、多摩美術大学で工業デザインを学ぶ。卒業後は医療用電子機器大手の日本光電工業に入社。大企業でのモノづくりを一通り学んだ。
これまでに培った経験が通用するか確かめたいと考えた徳島氏は、JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊に応募。2013年にフィリピンのボホール州に派遣される。徳島氏の役割は、現地の産業振興やデザイナー人材の教育だった。しかし、現地は識字率が低く、学校教育すら受けていない人も珍しくない。ほとんどの人が図面を読めないどころか、ハサミなどの基礎工具すら満足に扱えない状況だった。この絶望的な状況に徳島氏は頭を抱えたが、教育インフラもモノづくりのエコシステムもない土地で、誰もがスマートフォン(以下、スマホ)を使いこなしていることに気付く。
「リープフロッグ(Leapfrog)」という言葉がある。直訳は“カエル跳び”だが、新しいテクノロジーを発展途上国に導入することで、先進国が歩んできた技術進展のプロセスを一気に飛び越えて普及することを指す。何もない田舎でもスマホが普及しているのを見た徳島氏は、モノづくりの基礎を1つずつ教えるよりも、一足飛びに最初からデジタル技術を活用させた方がよいのではないかと考えた。
こうして徳島氏はJICAや現地の大学、フィリピン政府らの協力を得て、3Dプリンタやレーザーカッターが利用できるFabLab(ファブラボ)を設立した。オープン当初、大挙して政府高官が訪れる。彼らが異口同音に「ここで義足は作れるのか」と尋ねたことが、徳島氏が3Dプリント製義足を開発するきっかけとなった。
義足のニーズを探るべくリサーチに訪れた小さな病院で、徳島氏は脚が壊疽(足壊疽)している男性糖尿病患者と出会った。壊疽している脚を切断しなければ、命を落とす可能性もあるというのに男性は手術をしないという。その理由に徳島氏は衝撃を受けた。
「脚を切断すれば仕事には就けない。家族に負担を掛けるくらいなら死んだ方がまし」というのだ。義足は一足40万〜50万円なのに対し、フィリピン国民の平均的な大卒の年収は50万円弱。学校にも満足に通えず、さらに所得が低い貧困層には手が届かないのが実情だった。
義足が手に入らないために、死を待つ人がいる――。この社会課題に取り組むために、徳島氏は3Dプリント製の義足開発に専念することを決意した。市販の3D CADによるモデリングでは義足データの作成に数時間以上かかり設計コストが合わず、市販3Dプリンタでは製造品質やコスト面で課題があったことから、2015年に帰国し研究開発に着手。義足製造に特化した材料、ソフトウェア、3Dプリンタの開発を手掛ける会社Instalimbを創業した。
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