スタートアップとのオープンイノベーションを成功させる契約書の作り方―後編―:弁護士が解説!知財戦略のイロハ(9)後編(1/4 ページ)
本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略構築を目指すモノづくり企業が学ぶべき知財戦略を、基礎から解説する。第9回は前後編に分割して、スタートアップとのオープンイノベーション時に留意すべき契約の内容などを紹介する。オープンイノベーション促進のための「モデル契約書」作成にも関わった筆者が、経験を基にオープンイノベーションの意義や課題を踏まえた説明を行う。
前回の連載第9回は、スタートアップとのオープンイノベーションに当たって事業会社*1)が締結すべき契約のうち、秘密保持契約およびPoC(概念実証)を行う上で締結すべき契約の留意点をご紹介しました。
*1)以下、本稿ではスタートアップと共同の取り組みを行う企業を指す。
今回は連載第9回の後編として、共同研究開発契約と、事業会社がライセンシーとなる場合のライセンス契約における留意点を紹介します。前回もお伝えした通り、筆者は特許庁および経済産業省から公開された「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」(以下「モデル契約書」)の作成に事務局弁護士として携わりました。その立場から、オープンイノベーションの意義や課題を踏まえて解説していきます*2)。
*2)本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクトなどの意見を代表するものではありません。
Win-Winの関係を実現する共同研究開発契約を
スタートアップとの共同研究が不調に終わる要因の1つとして、契約を締結前に法務部がチェックを行わないというものが挙げられます。または、法務部のチェックを受けたものの、スタートアップにとっての特許権の重要性などを考慮せず、下請企業に対する業務委託や開発委託契約のひな型(Win-Loseとなる契約書)をそのまま使用することが挙げられます。
特定の事業会社との関係を長期間維持していくことが重要な要素の1つとなる下請企業と、数多くの企業とアライアンスを並行して進めることで短期間での大きな成長を目指していくスタートアップとは状況が大きく異なります。そのため、「報酬を支払う以上、成果物に関する権利は全て自社に帰属させる」というスタンスで作成した下請企業用の契約書のひな型を使用することは、特許権の帰属の行方次第で他社とのアライアンスが阻害され得るスタートアップとの契約には適していません。
下請企業用のひな型を使用することに固執してしまうと、成果物に関する知的財産権の帰属などについて交渉が難航して余分に時間を浪費するだけでなく、信頼関係に疑義が生じ、その後の共同研究開発が不奏功のまま終わるということも少なくありません。この場合、誰も利益を得られない結果となります。
上記の要因を取り除き、スタートアップとの共同研究開発の成功可能性を高めるためには、スタートアップの特性や契約締結後のオペレーションを踏まえて契約内容を工夫し、その上でWin-Winの関係を目指すことが重要です。以下、具体的な対応を紹介します。
スタートアップへの知的財産権帰属が生むメリット
スタートアップは大手企業と異なり、資本力に余裕がありません。そのため、新規性の高いアイデアや技術力を武器に、スピーディーな成長を目指す必要があります。その過程で生じる競業会社との競争や、投資家や取引先との交渉をうまくこなすためには、アイデアや技術について特許権などの権利を取得することが重要です。
繰り返しになりますが、スタートアップにとっては自社の強みとなり得る特許が、特定のアライアンスの相手方企業に帰属してしまうと、短期間での大きな成長を目指す上での大きなリスクになりかねません。オープンイノベーションの成功にはスタートアップの成長が不可欠です。共同研究開発の結果生じた成果物(特に特許権)については、できる限りスタートアップに単独帰属させるべきでしょう。
ここで、事業会社としてはスタートアップに特許を単独帰属させることで、将来獲得できるはずだった潜在的な収益が減少してしまうことが気掛かりになるでしょう。しかし、共同事業における収益を一定割合で分配するなどの条項を入れておけば、もともと事業会社が自社単独では進出できなかった市場からの収益が(一定範囲で)見込めます。この収益は、特許権をスタートアップに単独帰属させることでさらに増加するでしょう。
さらに、スタートアップが事業会社のプロダクトやサービスを利用している場合、または、自社の事業とシナジーの高いスタートアップと共同研究開発を行う場合には、スタートアップの成長が自社の事業の成長につながることになります。Win-Winの関係を構築しておけば、スタートアップが成長すればするほど自社事業にもメリットが生じます*3)。
*3)特許権以外の知的財産権、例えば成果物に関する報告書などの著作権や、協業に用いる商標権については、事業の遂行上、スタートアップに単独帰属させる必要性が低いケースが多い。そのため、必ずしもスタートアップに単独で保有させる必要はない。「知的財産権」とひとくくりにせず、知的財産権の種別に応じた取り扱いを検討する必要がある。
そもそも、当該特許について適切なライセンスを設定しておけば、スタートアップに特許権を単独帰属させても、事業会社による成果物の使用権は確保できます。このため、事業会社に特段の不利益は生じないでしょう。
ただ、スタートアップに権利を単独で帰属させる以上は、スタートアップの事業が行き詰まり会社を清算するなど、一定のメルクマールが発生した場合に備えて、当該特許権を事業会社に譲渡させるなどの条項を用意しておくことは必要です。モデル契約書では、次のような条項を盛り込んでいます(共同研究開発契約7条6項、同16条1項2号3号)。
第7条
(中略)
6 本発明にかかる知的財産権は、甲に帰属する。ただし、甲が本契約14条 1項2号および3号のいずれかに該当した場合には、乙は、甲に対し、当該知的財産権を乙または乙の指定する第三者に対して無償で譲渡することを求めることができる。
※甲=スタートアップ、乙=事業会社
(※引用者注:原文は14条となっているが、正しくは16条である)
第16条
(中略)
1 甲または乙は、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合には、何らの催告なしに直ちに本契約の全部または一部を解除することができる。
(中略)
(2)支払いの停止があった場合、または競売、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始の申立てがあった場合
(3)手形交換所の取引停止処分を受けた場合
※甲=スタートアップ、乙=事業会社
(※掲載に当たって一部改変)
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