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“超アナログ”のタンカー配船計画、出光はどうやってデジタルツイン化したのか船も「CASE」(2/4 ページ)

海運業界で進む「ICT活用」は操船や運航に関連した分野だけではない。メンテナンスや配船といった広い業務に広がりつつある。2020年6月30日に出光興産とグリッドから発表があった「石油製品を運ぶ内航船の海上輸送計画(配船計画)を最適化する実証実験」も、海運業界におけるICT導入の試みだ。

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配船業務が属人化する理由とは

 このように、これまでの配船計画業務において、その多くの過程が「アナログデータ」によって執り行われている。デジタルデータ化(イマドキの言葉でいうとデジタルトランスフォーメーション、DX)が進まない理由について、村上氏は「業務そのものが属人化しているためです」という。

 他のスタッフが管理している配船計画おいて、自分の担当業務で参照する必要があるのはごく限られた情報にすぎない。それゆえ自分が担当する業務や地域、配船情報のとりまとめは「自分だけが理解している状態であり、それでも業務を遂行できる」(村上氏)という認識が、データの共有、ひいてはデジタルトランスフォーメーションを阻害していた。

 「配船計画に必要な各種情報は、自分が必要としている部分が分かればいいし、配船計画も担当それぞれの頭の中で描ければ良く、共有化したところで必要となるメッシュ情報はおのおの異なるため、管理や取りまとめが困難だという認識でした」(村上氏)

 各担当者が取りまとめる船舶動静情報のフォーマットは定まっていた。そこからデータベース化することは技術的に不可能ではなかったが、時間的人力的余裕がなくてできていなかったという。加えて「過去を振り返って、どのような配船計画が最適だったかを振り返る余裕もありませんでした」(村上氏)という状況だったらしい。「配船計画にはA案、B案、C案と複数立案して、状況に合わせて実施する計画を決めます。しかし、立案した計画の中で最適だったのはどれなのか評価するには、分岐後の計画案を全てトレースして比較する必要があり時間と余裕がありませんでした」(村上氏)。

 配船計画にあたって、季節変動(主に海象気象要因における)を加味した経験則は不文律として認識されていたというが、それを明文化してルールとするまでには至っていなかった(村上氏によると、この明確化も今回のシステム開発における目的の1つでもあった)。このような業務形態で属人化が進み、情報の共有化が進まないまま業務を進めてきた。しかし、情報の共有化や属人化の脱却を考えなかったわけではない。特に、メンバーが健康的な理由や災害的な理由で出社できなくなった場合のリスクや人材育成などを考えると、情報共有化の必要性を認識していたという。


情報入力は手作業。配船計画の検証と経験の蓄積は属人化とシステム移行が難しい状況にあった(クリックして拡大) 出典:出光興産、グリッド

海運未経験のAIベンダーに依頼した理由は?

 このような事情から、出光興産ではAIを導入した配船計画の自動化に取り組むことになり、その開発パートナーとして、AIを活用した業務システムの開発に取り組んでいたグリッドを選んだ。しかし、出光興産と出会うまで、グリッドには海運関連システムの開発経験がなかった。曽我部氏は、開発を始めたときの心境を「全く初めての領域だったので、最初はどうなることかと思いました」と語る。「船の知識は全くなかったので、この話が始まった2年前から出光興産にイチから教えてもらいながら業務知識を学習しました」(曽我部氏)。

 一方、出光興産にはグリッドをパートナーにしたい理由があった。実は、海運関連システムの開発経験のある企業にも複数声をかけたが、全て断られていたのだ。特にAIを導入したシステムという条件に対して、開発経験のある会社がなかった。

 海外ではAIを導入した海運関連システム開発の経験がある会社もあったが、それでも過去の外航(国外の港を結ぶ長距離航海)運航実績データを機械学習に反映するのにとどまっている。外航の運航状況を学習したAIを日本の内航に応用しようとしても状況がかなり異なる。日本の内航は、航海日数が短く、気象条件や港の利用状況、さらには、扱う貨物の在庫状況が影響する。また、危険物を扱っているので、その荷下ろしができる時間が決まっているなど法規制による制約も影響する。それらの状況は日々刻々と変化していく。

 外航は1回の航海が月単位から短くても数週間かかるので、出港してから入港するまでに考えることができる。しかし、内航は1回の航海が2〜3日間であるため、年間にすると1隻で100回以上の航海を実施できる。その1回1回に配船計画を用意するわけで、業務量としては非常にタイトになる。それが、1人当たり数十隻担当することになるので、人間の手に負えなくなってくる。

 加えて、現実の配船計画では、日々刻々変化する各状況を反映するため、一度策定した配船計画を、半日で変更することも多い。そうなると、日々の業務や変更の多さによって、立案した配船計画の評価も困難になる。評価に用いる数字(客観的評価に使う指標)もあるが、活用できていないのが現状だった。こうした理由から、配船計画の開発にあたって出光興産としては、日本の内航海運の実情を学習したAIを導き出すデータを見たいという期待を持っていた。

 これに応えてくれる企業がグリッドだけだった。ただ、海運関連システムの開発が未経験ということで、発注する前に8カ月ほどの期間をかけて開発ができるのか協議を重ねて、2019年5月末に開発がスタートした。

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