「研究開発型」町工場が徹底的にこだわり抜いて開発したアナログプレーヤー:デザインの力(1/3 ページ)
精密旋削加工を武器に、これまで培ってきたモノづくりの技術とノウハウ結集し、ピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤー「AP-0」を新規開発した由紀精密。その誕生の背景には、「研究開発型」町工場を標榜する同社ならではの強みと、ある1人の従業員の熱い思いがあった。
由紀精密がエンジニアリング視点で一から設計したピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤー「AP-0」の予約受付が2020年6月から開始され、注目を集めている。
AP-0は、「自社の技術を集って、心を豊かにする製品が作れないか」という思いから生まれたアナログレコードプレーヤーだ。満を持して市場投入を果したが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響により、リリースを目前に控えたタイミングで、同社従業員の多くがテレワークにシフトするなど、イレギュラーな体制の中で追い込み作業が行われたという。
通常であれば、リリースを先送りにするという判断もあり得ただろう。しかし、同社 代表取締役社長の大坪正人氏は「家にいる時間が長くなる今だからこそ、オーディオ関連の製品に注目してもらえるのではないかと考え、当初のリリース予定から延期せずに準備を進めてきた。新型コロナ対策もしながら作業を継続し、製品Webサイトの構築も含めて急ピッチで取り組んだ」と話す。
AP-0は、厳しい目(耳)を持つオーディオ愛好家が満足する音質を追求すべく、とにかく基本に忠実に、かつ品質にこだわり抜いて設計された、非常にシンプルなデザインのアナログレコードプレーヤーである。そのほとんどが、同社が得意とする精密旋削加工による機構部品で構成されており、アナログレコードプレーヤー市場に対して、同社が真っ向から勝負を挑んだ製品といえる。
その販売価格(税別)は200万円と、自動車が1台買えるほどの値段だ。数あるアナログレコードプレーヤーの中でも高級品に分類される。また、コアなファンも多い市場の中で、オーディオメーカーではない同社の製品(新規参入企業の製品)がどのように評価されるのか気になるところでもある。
では、そもそもなぜ、同社がピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤーを開発するに至ったのか。実は当初、社長である大坪氏には“内緒で”プロジェクトが進行していたという。
研究開発型のスタイルで躍進、製品企画が自発的に生まれる土壌
AP-0の開発プロジェクトの詳細に入る前に、こうしたユニークな自社製品を生み出すことのできる「由紀精密」という会社そのものについて触れておきたい。
同社は、航空・宇宙をはじめとするさまざまな産業分野の部品の精密旋削加工を担う企業だ。その起源は1950年に創業した「大坪螺子製作所」であり、基本はいわゆる“旋盤屋”で、長年培われたコア技術は今もなお受け継がれている。
転機となったのが、1990年代後半のバブル崩壊だ。このとき同社は、事業継続の危機に追い込まれた。多くの中小製造業が倒産する中、大手企業に大きく依存したこれまでの量産ビジネス(下請け)からの脱却を決意。高付加価値な小ロット生産品を手掛けるようになり、見事にV字回復を遂げた。顧客から依頼を受けて高品質な部品を製作するだけでなく、今や自社内での研究開発、製品企画はもちろんのこと、設計から生産まで一貫して行える企業へと成長したのだ。その立役者となったのが、3代目(2013年就任)の現社長である大坪正人氏だ。
大坪氏は、「研究開発型」町工場としての成長を理念として掲げ、事業をけん引してきた。同社が長年培ってきた高精度な精密旋削加工技術を武器に、研究機関や他の企業と一緒になって難題に挑み、高付加価値な製品を生み出していくという考えだ。
同社の研究開発型のスタイルは、ユニークな製品企画も次々と生み出している。過去には「コマ大戦」が生まれるきっかけとなった「SEIMITSU COMA」、独立時計師の浅岡肇氏、工具メーカーのOSGとともに取り組んだ高級腕時計「Tourbillon(トゥールビヨン)」プロジェクト、碌々産業とコラボしたCNC微細加工機「VISAI」などがある。
こうした取り組みは、新たな価値を創出するだけでなく、生み出された製品を通じて、同社の技術力やブランドが認知され、従業員のモチベーションアップへとつながっていく。研究開発型のスタイルだからこそ実現できる好循環のサイクルといえる。そして、その考え方は会社としてはもちろん、従業員一人一人にも根付き、新たな製品企画が自発的に生まれる土壌を形成していく。今回のAP-0も、まさにそうした流れから企画されたのだ。
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