IPパケットに載せられて運ばれるもの、UDP/TCPとその上位プロトコル:はじめての車載イーサネット(4)(5/5 ページ)
今回は、このIPパケットに載せられて送られるトランスポートレイヤー(第4層)に相当するTCPセグメント/UDPデータグラムの構造や振る舞い、そして車載イーサネットで用いられる上位プロトコルを紹介していきたいと思います。
車載イーサネットで用いられる上位プロトコル
最後に、ここまでお話してきたイーサネットやTCP/IPの上で用いられる車載プロトコルのうち、SOME/IPとDoIPの2つを簡単に紹介していきたいと思います。
SOME/IP(Scalable service-Oriented MiddlewarE over IP)
SOA(Service Oriented Architecture、サービス志向アーキテクチャ)と呼ばれる、大規模コンピュータシステムを構築する上での考え方・手法があります。これはネットワーク上に存在する複数の機能(サービス)を複数組み合わせることで、新しいシステムを作っていくもので、さまざまな要求に素早く対応できるのが特徴です。この考え・手法をクルマに取り入れる際に使われるのが、サービス志向通信である、このSOME/IP(※10)およびSOME/IP-SD(以下、SOME/IP)と呼ばれる上位レイヤープロトコルです(図8参照)。
(※10)BMWが提唱したプロトコルで、AUTOSAR仕様の一部になっています。
現在のクルマでは、特定の機能(サービス)はECUに強くひもづけられていて、それを外から使うのは容易ではないという状況があります。将来的にクルマがスマートフォン化していくに当たっては、新しくダウンロードしたアプリが、クルマのネットワークにあるさまざまな機能を見つけ出し、それを自由に使える仕組みが必要で、このプロトコルはイーサネット・TCP/IPの特徴(大量の情報を高速に、必要に応じて特定または複数の相手に送ることができる)を生かして、それを実現します。
このSOME/IPでは、情報のやりとりの代表的な仕組み(メッセージ)として下記のようなものがあり、提供されるサービスごとにそれらを組み合わせて使っています(図9-1、図9-2参照)。
- リクエストレスポンス:あるサービスが提供しているメソッド(処理、手続き)を呼び出し、その結果を受け取る
- ファイアアンドフォーゲット:あるサービスが提供しているメソッドを呼び出す、結果は求めない
- イベント:特定の事象(イベント)が発生するとサーバ(サービス)からノーティフィケーション(通知)を送る
- フィールド:サーバが持つ値を操作(読み出し、書き込み)する、その値が変わった時に通知を送る
DoIP(Diagnostic over IP)
連載第2回のフィジカルレイヤーで、診断テスターと診断ゲートウェイ(以下、診断GW)と呼ばれるECUをつなぐものとして100Base-TXを紹介したのを覚えていらっしゃるでしょうか。その時に診断通信に使われる上位プロトコルとして紹介したのが、このDoIP(Diagnostic over IP, ISO13400)です(図10参照)。
このプロトコルはTCPやUDPの中にDoIPメッセージ、そしてその中に診断メッセージを載せてやりとりするための仕組みです。1番のポイントは、イーサネット・TCP/IP通信が使われるのは、あくまで診断テスターと診断GWの間だけであって、診断GWから先は、例えばCAN通信によって従来通りの診断通信が行われているのが、まだ一般的であるということです(図11参照)。つまり診断GWは、DoIPによって運ばれてきた診断メッセージ(例えば、UDSのSIDとDIDに基づく)をCANメッセージに載せ換えて、最終的な診断対象であるECUとやりとりをしているのです。それでも、従来の通常のCANによる診断通信と比較すると速さは向上しています。
まとめ
今回は、IPネットワーク上のプロトコルTCPとUDPのPDU(主にPCI、ヘッダ)構造と振る舞い、さらにはそのTCPとUDPを使って実現する上位プロトコルSOME/IPとDoIPを紹介しました。これ以外にも、複数のプロトコルが車載イーサネット上では使われ始めています。今後、本格的にクルマがスマートフォン化(CASE対応)していくにつれ、より多くのプロトコルが使われるようになるでしょう。それと同時に、物理層も変化していくことが予想されます。
今回で本連載は終了しますが、それらの変化に皆さまがついていくための基本的な知識を、ここまでの4回で少しでも提供できたのであれば幸いです。
(連載終わり)
筆者紹介
ベクター・ジャパン株式会社 トレーニング部 テクニカルトレーナー
中村 伸彦(なかむら のぶひこ)
ベクター・ジャパンにて、AUTOSAR関連およびイーサネットのトレーニングサービスに従事。限られた時間のなかで、受講者の役に立つ情報を、より分かりやすく提供することを目指し、日々業務に取り組んでいる。
▼ベクター・ジャパン
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