ダイソンEV撤退をケーススタディーとして考える:和田憲一郎の電動化新時代!(35)(2/4 ページ)
EVを開発すると宣言し、撤退した案件としては、投資額や雇用人員ともダイソンがこれまで最大規模であり、この撤退の真因に迫ることは、今後のEV開発に極めて重要ではないかと考えた。あくまで筆者の見立てであるが、元EV開発の経験からダイソンEV撤退をケーススタディーとして、EV開発の困難さおよび事業の難しさについて考えてみたい。
ダイソンの場合も、試作車はできたようである。公開された特許情報からは、極秘裏に開発が進められていたダイソンEVもおぼろげながら見えてくる。Aston Martin(アストン・マーチン)の元チーフエンジニアであったIan Minards(イアン・ミナーズ)氏を迎え、それ以外にもRolls-Royce(ロールスロイス)、Land Rover(ランドローバー)、テスラなど大手の優秀なエンジニアを集めたと聞く。英国ウィルトシャーには16kmのテストコースも設立したようだ。
試作車はできたものの、もし評価しようとしたとき、ダイソン氏が言うエジソン流を当てはめようとすると、多くのエンジニアから反発が出たのではないだろうか。サイクロン式掃除機で5200回であり、EVであればどれだけ試験しなければならないか見当がつかない。モノを作って試験から考えていくのか、モノを作る前にどこまで詰めていくのか、そこに考え方の相違が出てはこないだろうか。
ダイソン氏は日本からサイクロン式掃除機が売れ始めたこともあり、大の日本ビイキである。モノづくり精神が大切と考える日本の文化も良く理解していたようだ。だからこそ、自分の考え方、やり方は間違っていないと考えたのではないだろうか。
チーフエンジニアを選任したかもしれないが、社長であり、実質のプロジェクトマネジャーであるダイソン氏に逆らうことは難しく、これが一因と推察する。
(2)日程に対する考え方の相違
サイクロン式掃除機の開発に約5200回も試験をして、完成させたことは上述した。しかし、これはある意味、良いものを作るのであれば、多少時間かかることは仕方がないと考えているふしもある。一方、自動車エンジニアは時間軸に対して、極めて厳しい感覚を持つ。それはクルマの開発、生産、販売工程において、掃除機とは桁違いの人々が携わっており、ほんの少しの日程遅れでも、後工程に多大な影響を及ぼしてしまうからである。このため、できる限り、前でモノゴトを詰め、後工程で日程遅れや影響が生じないように神経を使う。
また自動車メーカー各社は、呼び名は異なるが、ゲート方式を採用しており、どの段階でどこまで達成したかを判断している。例えば、クリティカルな問題(つまりレッド)があれば次に進めないが、イエロー案件については、対策もしくは暫定案などを提示しながら前に進む。
ダイソン氏はメディアとのインタビューで、5200回もの試作品を作り試験したことは、とても面白い発見の旅のようであり、まるで「天路歴程」(Pilgrim’s Progress)を現実に味わっているようだと述べている。
「天路歴程」は英国で聖書の次に大切な本といわれており、厳粛な本である。筆者も読んでみたが、著者John Bunyan(ジョン・バニヤン)氏が書いた寓意物語であり、主人公であるクリスチャンとその妻クリスティアーナがそれぞれ天の都を目指して、数々の困難を克服しながら進んでいく、わくわくする冒険物語である。映画でいえば、「インディ・ジョーンズシリーズ」を思い浮かべると分かりやすいであろうか。サイクロン式掃除機の開発の際に、ダイソン氏もこの本の話が大きな影響を及ぼしたように思われる。
それはそれで良いのであるが、一般的な自動車エンジニアが日程最優先で進めていることに対し、ダイソン氏が良いものを作るためなら多少の日程遅れはやむを得ないともし考えていたのであれば、自動車エンジニアとダイソン氏との間で溝ができたのではないだろうか。なお、今回は試作車の段階で撤退を宣言しており、量産用の本型を手配するのであれば、被害は大きく拡大することから、賢明であったともいえる。
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