新型μ10の3つの改良点、次世代型はDESTINY+へ〜イオンエンジンの仕組み【後編】〜:次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(16)(2/4 ページ)
順調にミッションをこなしている小惑星探査機「はやぶさ2」。サンプルを持ち帰るための帰路で重要な役割を果たすイオンエンジン「μ10」は、はやぶさ初号機で見いだした課題を解決するために3つの改良を施している。さらなる次世代型の開発も進んでおり、2021年度打ち上げの「DESTINY+」に搭載される予定だ。
改良点その2:信頼性の向上
初号機では、打ち上げ直後からイオン源Aのプラズマ点火が不安定で、スラスターAが早々に使用不可になっていた。もともと必要なのは3台で、1台多いのは予備分だったとはいえ、早い時期に予備を失ってしまうのは運用上大きな痛手になる。はやぶさ2で、同じ問題を繰り返すわけにはいかない。
初号機の開発中、探査機を丸ごと真空チャンバーに入れて、イオンエンジンを点火する試験を行っており、このとき、動作に問題無いことは確認していた。しかしその後、ジンバル駆動試験時の不具合で破損したため、スラスターAのみ、マイクロ波のケーブルを予備部品に交換していた。打ち上げ時期が迫っており、もう一度試験することができなかったのだが、これが原因と推測される。
初号機では、そういう特殊な事情があったわけだが、はやぶさ2では、真空試験で最終確認しており、同様の問題は起きないはずだ。だがそれだけではなく、はやぶさ2では、さらなる信頼性向上を目指した対策も施されている。
初号機の問題の直接的な原因はケーブルの交換だったが、より本質的な要因は、「性能の余裕の無さ」だった。初号機の性能は要求値ギリギリだったため、スラスターは1台1台をチューニングして、ようやくその性能に達していた。
しかし今後、イオンエンジンをより広く使っていくためには、そんなにデリケートでは困る。新型のμ10では、「実際のキセノンの流量が最大3.5sccm(1sccmは1分当たり1cm3の流体が流れる)であるのに対し、5sccmでもプラズマが点火することを確認している」という。これで、個別のチューニングは不要となり、スラスター各部の寸法は全て同じで良くなったそうだ。
改良点その3:推力の強化
イオンエンジンの特徴は、推力が小さい代わりに、燃費が非常に良いことである。とはいえ、推力が小さすぎると、加速に時間がかかりすぎて、運用に余裕が無くなってしまう。初号機のμ10は開発に苦労しながら、なんとか8mNという要求をクリアしたのだが、その後も引き続き推力アップの研究を続け、はやぶさ2では10mNへの強化に成功した。
はやぶさ2の重量(打ち上げ時)は約609kg。初号機の510kg(同)から2割ほど増えたのだが、イオンエンジンの推力も2割以上アップしたため、同じくらいの加速が可能となっている。
推力を強化するために行ったのは、キセノンの供給口の追加だ。イオン源は、じょうごを寝かせたような形状をしている。細くなっている部分は導波管と呼ばれ、ここからマイクロ波を導いているが、従来は、キセノンガスもここから供給していた。
しかし、マイクロ波とキセノンを同じところから供給すると、導波管の内部でプラズマ化が進行して、そこでエネルギーを吸収し、マイクロ波が全体に伝わらないという問題があることが分かった。通常、ガスの流量を増やせばそれだけ推力も大きくなるが、この問題により、8mNで頭打ちとなり、それ以上流しても逆に推力が小さくなってしまっていた。
この問題を解決するため、新型のμ10では、供給口を放電室側に8カ所追加した。キセノンを放電室内に直接供給すれば、導波管側でプラズマ化するのを避けられるというわけだ。
そして、導波管側のガス(A)と、放電室側のガス(B)の最適な比率を調べたところ、A:B=1:2にすれば良いことが分かった。Bをより増やした方が最大推力の面では有利だったものの、非線形性が強く、扱いにくかった(下図の緑線)。Aをより多めにすると、直進性が高く、癖が無かったため、こちらを採用した(同青線)。
ただ、現在は当時よりさらに研究が進んでおり、「次の世代では、導波管側のキセノン供給は廃止しようと思っている」(西山氏)とのこと。さらに磁石の配置の改良なども行っており、すでに12mNが出せるめども付いているそうだ。
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