はやぶさ2が遥か彼方の小惑星に行って戻れる理由〜イオンエンジンの仕組み【前編】〜:次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(15)(2/4 ページ)
これまでのところ順調にミッションをこなしている小惑星探査機「はやぶさ2」。小惑星リュウグウまでの往路、そしてサンプルを持ち帰るための帰路で重要な役割を果たすのがイオンエンジンだ。このイオンエンジンの仕組みについて解説する。
日本独自のマイクロ波放電式を開発
では次に、μ10について見ていくことにしよう。
μ10の直径は10cm。推力は8mN(初号機)/10mN(はやぶさ2)と非常に小さいものの(1円玉1枚にかかる重力程度)、長時間運転し続けることで、最終的により大きな加速を得ることができる。はやぶさシリーズには、計4台のμ10が搭載されていて、最大3台の同時運転が可能となっている。
μ10は推進剤にキセノンガスを使用する。前述のように、キセノンガスをまずプラズマ化する必要があるのだが、μ10の大きな特徴は、プラズマ化するのに「マイクロ波放電式」という、日本独自の方式を採用していることだ。
これは、適切な磁場とマイクロ波を与えることで、共鳴した電子が加速、その高速電子が次々とキセノン原子に衝突することで、電離が進行するというもの。従来のプラズマ化では一般的に放電電極が使われており、この損耗が長寿命化の妨げになっていた。マイクロ波放電式はこの放電電極が不要になるので、長寿命化させやすい。
初号機におけるμ10の実績は、累計の運転時間が約4万時間。これは当時の世界記録で、長寿命という特徴を実証した形となった。ただその後、米国の探査機「Dawn」が、5万時間以上の運転時間で記録を更新。西山氏によれば、「諸外国もいろいろ改良している。今はマイクロ波が長寿命とは一概に言えない状況」だという。
キセノンイオンを加速するのに使われるのが、カーボン複合材製のグリッド(電極)だ。上流側から、スクリーン(+1500V)、アクセル(−350V)、ディセル(−30V)という3枚のグリッドが並んでいて、開けられている1000個近い穴から、1850Vの電位差(スクリーン−アクセル間)で加速されたキセノンイオンが放出される。
μ10には、キセノンイオンを放出する「イオン源」の隣に、小さな「中和器」が設置されている。キセノンイオンだけ放出すると、残った電子により、探査機がマイナスに帯電、放出したキセノンイオンと引き合い、ブレーキがかかってしまう。これを防ぐため、中和器から電子を放出して、電気的に中和するわけだ。
電子のみを真空中に取り出すのは難しいため、中和器でもキセノンを使用。これをプラズマ化して、マイナスの電界を与えることで、電離した電子を追い出しやすくしている。一方、キセノンイオンは、中和器内部の壁面に衝突したときに電子を受け取り、再び中性のキセノンに戻る。これを繰り返す。
前述のようにμ10は4台搭載するが、同時に運転させる必要があるのは最高3台。それなのに4台搭載しているのは、1台壊れても問題無いよう、冗長性を確保しているからだ。グリッド用の高圧直流電源は信頼性が高く、3台ジャストしか搭載していないため、高圧直流電源とμ10の間にはスイッチが置かれ、接続を切り替えられるようになっている。
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