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ヤマハ発動機唯一のフェローはインテル出身、2030年に向けデジタル改革に挑む製造業×IoT キーマンインタビュー(3/4 ページ)

ヤマハ発動機がIoTやAIに代表されるデジタル戦略を加速させようとしている。このデジタル戦略を推進しているのが、インテル出身であり、同社唯一のコーポレートフェローでもある平野浩介氏だ。平野氏に、ヤマハ発動機のデジタル戦略について聞いた。

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今のままで2030年に向けた長期ビジョンを実現できるのか

MONOist さまざまな事業部の製品をグローバルに展開しているヤマハ発動機でこれらの取り組みを進めるのは大変だと思います。

平野氏 ここまで説明した“コネクテッド”と“スマートファクトリー”の取り組みは、2017年4月の入社時からやると宣言してきたものだ。IoTやAIの活用に相当するが、これは家に例えれば2階建ての“2階”部分だ。

 2017年の間、社内のさまざまな事業部や国内外の拠点を見て行く中で感じたのが、ヤマハ発動機という売上高1.7兆円規模の企業を動かしていくのに、家の“1階”に当たるエンタープライズITがあまりにも部分最適すぎることだった。例えば、各国/地域の拠点でERPやSCMが異なる。グローバル企業だから、もっと統一されているのかと思っていたが、それぞれが個別に進化、最適化されていた。また、各事業部で閉じたバリューチェーンの最適化も行われている。二輪車事業だけでみても特化したシステムで、販売、調達、製造部門が横連携しているかというとそうでもない。部分最適はされていても、全体最適はできていないのが実情だ。

 現時点で、これらの部分最適に大きな問題があるわけではない。今後もこの延長でやっていくというのも会社の戦略としてはあり得るだろう。無駄なIT投資をすべきではないという考え方もある。しかし、進化を続ける中国企業やモビリティサービスをはじめ、ヤマハ発動機を取り巻く市場環境はどんどん変わっている。市場規模という観点でも、二輪車も四輪車も既に飽和しつつある。このような状況下で、今後も競争優位を維持できるのか。私が在籍したインテルも、当初の「テクノロジーカンパニー」から現在は「データカンパニー」に変わっている。

 ヤマハ発動機は現在、2030年に向かう、中期計画の3年より長いレンジを見据えた長期的なビジョンを策定しているところだ。この長期ビジョンを実現して行くために必要な“1階”が今のままでいいのか、ということだ。

MONOist IoTやAIは“攻めのIT”ということで基幹システムへの変更は少なくて済むといわれています。しかし、基幹システムであるエンタープライズITを変えるとなると相当の労力が必要になります。

平野氏 ITコンサルティングの専門家から「ERPの置き換えは労多くして得るものが少ない。先に2階部分のデジタル化をやった方がいい」という助言もあった。しかし、ITをよく知るプロフェッショナルとしてヤマハ発動機に入社し、その上で2030年という将来見据えたときに、今の“1階”でグローバルビジネスを戦っていけるのだろうか、と強く感じた。である以上、そこはプロフェッショナルとして手を付けざるを得ない。

 また、基幹IT、デジタル分野のグランドデザインのみならず、そこからさらに半歩か一歩か前に進んで、経営のグランドデザインにも加わる必要があった。2030年に向かう長期ビジョンを実現する経営戦略を実行するための基盤として、IT、デジタル化は避けて通れないからだ。

MONOist どのような方向性で“1階”を建て直していくのでしょうか。

平野氏 ベストプラクティス、ベストノウンメソッド、もしくはベストでなくてもベターでやる。インテル時代には、成功プロジェクトだけでなく、失敗プロジェクトも多数経験したし、成功や失敗の原因もよく分かっている。2018年6〜9月にかけてプリアセスメントを行い、どれくらいの規模や工数が必要になるかを見積もった上で、経営陣との間で、経営とITのグランドデザインについて話し合った。

 ITのグランドデザインとしては、グローバル対応可能なERPとSCMを中核とした共通基盤を構築していく。3年ごとの中期計画の中でロードマップで段階的に導入を進める計画を立てている。その上で実現したいと考えているのは予知型経営だ。会計についても、明細データを海外グループ会社も含めて一元管理できて、勘定コード、科目とそのマスターを整備して、一度入力すればコンマ数秒で集計ができるようにしたい。

 行く行くは“エンジニアリング−製造”環境も整備したい。既に発表しているように、3D CADツールは「NX」、PLMツールは「Teamcenter」を採用しているが、それらとつながる形でMES(製造実行システム)も動かし、ERPとつなげることでエンドツーエンドのデマンドサプライチェーンを構築できる。顧客それぞれとのCRMもできるようにして、顧客のライフスタイルまでをバリューチェーンに組み込むようにする。しかし、こういったITプロジェクトだけが進むと社内で浮いてしまう。常にフィードバックループを掛けて、経営陣、ユーザー部門が利点を実感しITを使いこなせるようにする。

“1階”と同時並行で“2階”の構築も進める

MONOist かなり大掛かりなプロジェクトになりそうですが、しばらくは“1階”に専念するのでしょうか。

平野氏 企業業績の利益に関わる財務諸表のボトムラインは、“1階”に当たるERPなどのエンタープライズITで改善できるが、売上高に関わるトップラインは、“2階”に当たるIoTやAI、デジタル化で高める必要がある。そういった意味では“2階”の構築も同時並行で進めなければならない。ここで重要なのが、IoTやAIの活用、デジタル化にも経営陣がどのようにコミットしていくかだ。そのためにも、先述したフィードバックループの中で、“2階”についても経営のKPIに反映できるような形で経営とITのグランドデザインを作っている。

 デジタル化で生み出す価値の1つとして、デジタルマーケティングの活用があるだろう。顧客と1対1のマーケティングを行い、先進国では既に趣味財になっている二輪車の販売単価を高めていく。現在、二輪車をカスタマイズするためのオプションはほとんどがディーラーオプションだが、これを工場で対応するメーカーオプションにしていけば単価を上げられる。そのためにも、“1階”といえるサプライチェーンと工場の作り込みが必要になるわけだ。また、SNSなどさまざまなデータソースからの高度なデータ分析により、シェア拡大も狙う。

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