今こそ全ての情報を3Dモデルに集約せよ! “3D正”の設計を実現する「MBD」:超速解説 MBD(2/2 ページ)
3Dアノテーションを用い、全ての製品の定義を3Dモデルに含めることで“3D正”の設計を実現し、完全なデータ連携を可能とする「MBD(Model Based Definition:モデルベース定義)」。その歴史と基本となる考え方を解説し、“3D正”の設計に向けたMBD導入の第一歩を踏み出すためのヒントを提示する。
2.データフォーマットの問題
2つ目は、データフォーマットの問題です。データをやりとりする際、自社内であれば3D CADを共有することも可能ですが、サプライヤーとの共有ではそうはいきません。サプライヤーとの共有に関しては、これまで“2D図面が正”であったため、3Dモデルはあくまでも“参考”として送っていました。また、サプライヤー側でも3Dモデルを参照し、2D図面を見ながらモデルを再作成するこも多くありました。MBDを進めていくと、3Dモデルに全ての情報が含まれるため、3D CADデータをやりとりすることが考えられますが、サプライヤーが同じ3D CADを持っているとは限りません。
そこで、中間データフォーマットの出番です。現在、中間データフォーマットとして多く使われているのは、「JT」と「STEP AP242」になります。JTは、シーメンスPLMソフトウェアが開発したアノテーションを持つことができる3Dモデルのフォーマットになります。シーメンスが開発しているのですが、フォーマット自体は2012年にISO化しており(ISO 14306)、中間ファイルとして使用されています(ISOでの定義は3Dビジュアライゼーションフォーマット)。欧州の自動車会社でも多く使われており、日本の自動車会社でも一部本格導入の動きがあります。
最近、大きな話題となっているのが、2014年に策定されたSTEP AP242です。このSTEP AP242は、3Dでモデルベース定義を管理できるフォーマットで、アノテーションの保持やアノテーションが参照しているジオメトリを持つ(セマンティック)ことが可能です。このSTEPと形状以外の情報を入れたXML(Extensible Markup Language)ファイルを使うことで、完全な情報の受け渡しが行えます。現在、Edition 2(E2)を準備中です。
このSTEP AP242は、3Dデータの長期保存を1つの目的としているプロトコルでもあります。2D図面の場合、紙やPDFなどで保管することにより、データの変質なく保存でき、読み出すことが可能です。これに対して3Dの場合、各CADから出てくる3Dモデルのフォーマットは独自であり、そのファイルを読み出すには作成に使用したCADが必要になります。そのため、長期保存では各ベンダーに頼らず中立の中間ファイルで行うことが推奨されています。また、長期保存を行うには、オリジナルのCADデータから変換した中間ファイルが変質していないか、同一性の確認をする必要があり、これを行うソフトウェアも既に複数リリースされています。
米国では国防総省が中心となり、3D PDFの活用を進めています。「3Di(3D Intelligent) PDF」と呼び、PDF上に3Dモデルと文字情報を記入します。国防総省が定める規格「MIL-STD-31000」のTDP(Technical Data Package:技術データパッケージ)の中で、この3Di PDFの考えを導入しています。また、データ変換せずにビュワーを使用する方法もあります。多くのCADベンダーでは、独自のCADフォーマットを見ることができる無料のビュワーを用意しています。MDBを行っているある日本企業では、アノテーションが表示可能な無料のビュワーをサプライヤーに使ってもらい、ビュワーデータを送ることで、実際に問題なく製造を行っています。
このようにデータフォーマットや、やりとりの方法も拡充してきており、こちらも多くの問題が取り除かれてきています。
3.MBD作成プロセスの問題
3つ目が一番困難であるプロセスの問題です。2D図面では、どのように記述するかの規定がされていました。そのため、それまでのプロセスを変更することなく、新しい規格を取り入れることができます。これに対して3Dモデルになると、大きく変える必要があります。
アノテーションの作成方法や保存ビュー(JIS B 0060-3 3.1参照)の分け方は、その1つでしょう。全ての寸法を3Dモデルに載せると“ハリネズミ”のようにアノテーションが乱立し、図面を読もうにも読めない状態になります。それを分ける必要があるのですが、2D図面と同じように正面図で分けるのか、意味のあるアノテーションのグループとして分けるのかといった検討が必要です。それを決めるためには、その保存ビューを「誰が」「どのように使うのか」を明確にしなければなりません。
また、アノテーションをどれだけ減らせるかについても、MBDへの移行を成功させるためには欠かせません。欧米でも重要寸法以外は載せず、全て幾何公差化することにより大幅に寸法を減らし、作成の手間だけでなく視認性も上げています。日本でMBDを取り入れている企業でも、同じように2D図面にあったアノテーションの数を大幅に減らすことに成功しています。この企業では、2D図面に載っているアノテーションで本当に必要なものはどれか、という検証を設計部と製造部とともに行い、3分の1のアノテーションを減らすことができたそうです。実際、「重要寸法のみの表記」というと、「全てが重要寸法です!」と即答する人が結構いますが、そんなことはありません。設計部門と製造部門、サプライヤーと話し合うことで、さほど重要ではないアノテーションが見つかるはずです。
また、アノテーションの表示をハリネズミ状態にしない方法としては、常に表示すべきものと、通常表示しなくてもよいものを分けることです。JIS B 0060では、これらを「表示要求事項」と「非表示要求事項」としてまとめていますので、参考にしてください。その際、どのような属性を3Dモデルに持たせるべきかの議論も必要になります。図枠のデータなどが分かりやすい例です。
それ以外でも、今まで人が処理してきたものをマシン(別のソフトウェアなど)に読ませるために、属性として入力すべきものがあります。例えば、溶接マシンに読ませることなどが考えられます。そのためにも、その3Dモデルを「誰が(どのソフトが)」「どのように使うのか」を洗い出す必要があります。アノテーションの表示には、ヒューマンリーダブル(人が読んで理解できる)に加え、マシンリーダブル(マシンが読んで理解できる)も考えておく必要があります。
上記の検証以外にも、2番目の問題として挙げたフォーマットに関しては、「どの選択肢を導入するか」「どのフォーマットや共有方法が一番フィットするか」の検討も必要になります。まずは、今使われている2D図面について、「誰が」「どの部分を」「どのように使っているか」を整理することから始めるべきです。
「公差解析」と「部品検査」における“3D正”のメリット
MBDは、全ての製品の定義を3Dモデルに入れ“3D正”の設計を実現することにより、製品品質を向上させて、問題を生み出さないようにするための仕組みです。実際、作業する設計者にそのメリットがなかなか伝わらないという悩ましい側面もありますが、そうした中でも、特にメリットとして分かりやすいものが、公差解析と部品検査です。
JEITAでは、「3D図面を行う上で、幾何公差が非常に重要だ」とし、そのワーキングの中で多くの時間を要して電機業界における幾何公差の利用を検証してきました。もちろん、グローバル化を考える上で、寸法公差では使い物にならず、幾何公差が必須になります。3Dモデルに入力した幾何公差はすぐに、公差解析に利用できます。公差解析を行う上で必要だった下準備は既に3Dモデルで行われているため、その情報を再利用します。
ただし、気を付けるべきポイントがあります。それは、その幾何公差がきちんとマシンリーダブルになっているかどうかです。どうしても、人がアノテーションを作成する場合、幾何公差の平面度をエッジに参照して、作成してしまうことがあります。その場合、ヒューマンリーダブルではありますが、マシンリーダブルではありません。こうした際は、幾何公差の作成を支援するツールを使うことで、ヒューマンエラーをなくすことを検討してもよいかもしれません。
部品検査も同様です。3Dモデルに情報が入っていますので、それをそのまま部品検査用のソフトウェアに取り込むことで、自動部品検査を実施できます。全ての幾何公差に対して、自動でOK/NGを判定し、レポートまで作成してくれます。人が行う部品検査はスキルを伴い、どうしてもバラツキが生じます。これを自動で行うことで、均一化することが可能です。ただし、公差解析と同じようにマシンリーダブルである必要があります。
今、欧米ではMBDを超えて「MBE」へ移行しています。MBEとは“Model Based Enterprise”の略で、MBDで作成したアノテーションや製品情報の入った3Dモデルを企業全体だけでなく、サプライヤーを含めたエコシステムの中で活用し、そのメリットを最大限に享受するためのアプローチです。
CAD機能は使えるレベルに達し、フォーマットや規格ができつつある中、日本の企業は自ら設計プロセスを変え、MBDを導入する決断をする必要があります。欧米に追い付くためにも、まずはMBDからスタートすべきだと筆者は考えます。
◎併せて読みたいお薦めホワイトペーパー:
» 車いすではない、“パーソナルモビリティ”を開発するWHILL(ウィル)
» 地下足袋型トレーニングシューズの製品化を実現した新製法とデジタル技術
» 海外ユーザーイベントで見た「SOLIDWORKS」活用事例――クルマからハリウッドまで
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