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コンカレントエンジニアリングは“逃げ”なのかい?3D設計推進者の眼(22)(1/2 ページ)

機械メーカーで3D CAD運用や公差設計/解析を推進する筆者から見た製造業やメカ設計の現場とは。今回は、とにかく時間に追われる設計現場だからこそ必要なコンカレントエンジニアリングと、TPD(Total Product Design)について考えてみました。

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 前回は、プロジェクトを取り巻く人物像について、話しました。

 俗にいう“抵抗勢力”と呼ぶほどまでの人が社内にいるかは別にしても、“理解を得られない人”がいることは確かだと私は感じています。養老孟司氏の著書「バカの壁」では「話せば分かるは大嘘(うそ)」から始まり、人にはこれ以上理解し合えない絶対的な壁があることを語っていました。伝えようとしている情報が、その人の理解度を超えた時、人によっては理解しようとはせず、その理解を拒絶して、攻撃に転じる人もいます。その多くが、「現場を理解していない人」「うわべだけの情報に流される人」なのだと私は思います。

 前回の最後に、「抵抗する人が推進活動の障害となるのであれば、経営者への進言としての決断が必要となるでしょう」とお話ししましたが、これは最後の手段です。経営者に対して、「推進者(私)を信じるのか、抵抗者を信じるのか」「抵抗者は推進活動の阻害になるので、影響のない場所に異動させてほしい」というお願いをすることにもなります。

 3D CAD推進というものが、ボトムアップではなく、トップダウンで行われるべきだといわれるのも、これが理由です。ある企業では、経営トップが「これからは、3D CADでなければ仕事が取れなくなる」とコミットしています。また、「抵抗するものは、壁を向いていてほしい」と、ある企業の経営トップが社内に通達したと聞いたことがあります。過激に聞こえるかもしれませんが、それもトップダウンで進めるプロジェクトの特徴を表しているといえます。

 「3D CAD推進はもうけを生む活動ではない」といわれることもあります。これは「社内の理解を得られていない」ということでもあります。私自身も、このようなことを言われて、「もっと活動内容をアピールしなければ」と実感することがあります。

 順風満帆に進む3D CAD推進プロジェクトなど極めてまれでしょう。少なくとも、私自身はそのような話を聞いたことはありません。さまざまなCADベンダーのカンファレンスで成功事例を聞くことができますが、失敗事例を聞くことはありません。失敗の事例や経験の中こそに、それに続く推進者の人たちがほしい情報があると思うのですが……。

 いずれにせよ、3D CAD推進者は、前回話をしたような人たちが取り巻く環境の中で、プロジェクトを推進していくわけですから、苦労は絶えないでしょう。だからこそ、このような連載の場を私が与えられているのでしょう。だからこそこれからも、できる限り、生々しい現場の状況をお話ししたいと思っています。

共感の声とともに、厳しい声も

 前回の記事を読んだ方々から、以下のように「あるある」と共感を覚えたというコメントをいただきました。「努力しても、一向に変わらぬ状況」という意見もありました。

「“あるある”な内容ですね。私は「フロントローディング」と言う言葉は誤解を生みやすいと感じています。TPD(Total Product Design)にマッチするのは『コンカレントエンジニアリング』の方だと思います」

「なんか安心したような……、でも『何でかな?』という複雑な思いです」

「30年前にも、20年前にも、10年前にも、そして今も……。こういう経験を繰り返しています。“あるある”なのですが、当事者としては、なかなか課題解決が難しい問題です。いずれにしても、強いトップダウンは必須だと思います」

 一方、厳しい言葉もありました。

「コンカレントエンジニアリング? そりゃ逃げですよ。まずフロントローディングで追い込んで、もっと考えさせなきゃ。ただの作業者に未来はない」

 もちろん、「追い込みが足りない」「もっと設計品質向上に努めなさい」ということは、一人の設計者として、真摯に受け止めなければいけないことです。

 しかし現実では、設計者に与えられる設計時間が、日中40%を割ることもあります。お客さまとの打ち合せ、社内会議、設計品質問題への対応が負のスパイラルになって、設計時間を削られると同時に、次の設計への品質問題にも影響を及ぼします。

 本来設計品質を決める構想時間や事前評価を十分に取る必要があるのに、市場競争の中で、十分に検討時間を取れないまま詳細設計に入っていってしまうという現実があります。場合によっては、設計の熟成よりも1日も早く市場に出すことを求められてしまう場合もあります。

 時間的な制約がある中、良い製品を市場に出す活動がコンカレントエンジニアリングであって、それがTPDにつながるものだと私は考えています。

先導者と現場の気持ちの距離

 意見はいろいろありますが、とにかく、社内風土や技術風土、作られているモノが異なってていても、そこにはいまだ議論すべきことがあるということです。

 設計製造のハードウェアやソフトウェアが著しい進化を遂げているのは、言うまでもありません。そして、3D CAD関連のシステムも同様に機能が急速に進化してきました。それなのに、20年前、30年前と同じような問題が、今も現場では起きているというのは、なぜなのでしょうか。

 それは、設計者がやるべき仕事の本質として創造的なことが求められる一方で、設計業務そのものに向かう時間が少ない、あるいは減少していることが理由としてあります。時間がないので、技術力の向上を求められても、思ったように技術力が上げられません。技術継承もうまくいきません。それに正すべき慣習があっても、そこから抜け出すことができません。さらに、そういう状況を変えようとする危機感も現場にないのです。

 それは前回お話しした、プロジェクトを取り巻く人たちの中の「先導者」と、現場の人たちとの間で意識のかいりが生じているということになると思います。

理想を掲げるとともに、自身が実践すること

 先導者があまりにも理想論に走ると、その人は「変わり者」扱いされ、支持者がついてくることはなくなり、孤立します。独創的なアーティストであれば、それが個人主張となりますが、企業活動においては、それはNGです。先導者は、その理解を求めるためにも、理論ばかりを振りかざすのではなく、自分自身も実践する必要があります。

 私も、プロジェクト理論やマネジメント理論を学ぶことはあります。これらもプロジェクトを進める上では、役に立つものです。例えばピーター・ファーディナンド・ドラッカー氏の「ドラッカーマネジメント」や、エリヤフ・ゴールドラット氏の「TOC」(theory of constrains:制約条件の理論)などです。

 ドラッカー氏のマネジメントに関しては、著書の内容が難しいので、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海氏著)を読んで、アニメも一生懸命見ていました。ゴールドラット氏の著書では、「ザ・ゴール」「ザ・ゴール2」を読みました。

 これらを学びというと、いささか大げさといわれてしまうかもしれませんが、得るものはあります。ただ、本などから得た知識を、自分のものにしないで、社内でぶつけると、まずけげんな顔をされるでしょう。例えば、コンサルティングの方々が、理論ばかりを並べた時に、現場が冷やかになるという話がよくありますが、結局、それも同じ話だと思います。

 要するに、理論と実践のバランスをうまく取ることが推進者には問われるのではないでしょうか。

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