ゲーム少年の熱意で生まれたHMDと、Holographicのインパクト:産業用VRカレイドスコープ(1)(2/3 ページ)
本連載では産業全体のVRの動向や将来展望について深堀りして解説していきます。今回は、これまでの産業VRの歴史と、今後予想される動きについて説明します。
広視野角HMDのもう1つの革命 広視野角=立体が目の前の近くに見える
Oculus RiftがこれまでのHMDと異なり画期的だったのは、広視野角で視界が広いだけでなく、3Dを目の前に表示できるようになったことです。
ソニーのHMZのような従来の映像観賞用HMDは、レンズに映る映像を最初からゆがませないために、視野角が45度程度に抑えられていました。また、表示する映像が大きい(=視野角が大きい)ほど、表示をゆがませないためのレンズの枚数が増えて表示パネルから目までの距離が長くなる、つまり「HMDが前に飛び出して重くなる」ため、表示の大きさかHMDのコンパクトさのどちらかが犠牲になっていました。
ソニーHMZ-T3では、「20m先の750インチ相当」とうたっていましたが、これは、視野角が小さいと寄り目に対応できないため、映像をあまり近くに持ってこられないという制約があったためです。
視野角が大きいと、単に視野が広いだけでなく内側の視野角が広がることで、視差映像を視野の内側により広く描画できるので、これまでは不可能だった眼の前わずか数十cmに立体を表示できるようになりました。
視野角の違いによる立体視可能な距離の模式図:左側に60mmの間隔で眼球が並んでいるとした場合、視野角45°程度の従来型HMDの立体視可能範囲(青色)に比べて、視野角110°のHMDの立体視可能範囲(黄色)は非常に目の近くまで来ていることが分かる。目の幅と同じ大きさの水色の四角がそれぞれの視野角でどこまで近くに立体表示できるかを並べてみた
Microsoftの提唱する普及価格帯HMDの登場
これまで、製造業VRをはじめとして、3Dモデルを表示するVRのためには3D CAD用とはまた異なる性能のハイエンドPCが必要だったため、WordやExcelがやっと動くような5万円程度のオフィス用PCを持ってきて「これでVRが動きませんか?」と言ってくる“普通の会社さん”にはお引き取り願うしかありませんでした。
しかし2015年にMicrosoftから「Windows Holographic」という規格が発表され、IntelHDグラフィックスが、今後発売されるもの(Kaby LakeアーキテクチャのIntel HD Graphics 620以降)に関してはVRに標準で対応することになり、いわゆる「5万円事務用PC」でも基礎レベルのVR表示が動くことになりました。
そのことによって、これまで10万円以上していたVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)も299ドルからの価格で海外大手PCメーカー5社(HP、デル、レノボ、ASUS、ACER)から登場することになりました。
製造系企業では高性能なPCの導入が認められにくい一般事務、サービス業務部門において、設計部門と連携してVRを利用することが可能になる方向性が見えてきました。これで企業でのVRの普及に加速度的に弾みがつくと予想されます。
ただし、3D CADデータをVRで利用するための変換処理で、大容量のメモリを積んだ高性能PCが必要なことには変わりありません。「データ変換に使う、設計部門の高性能PC」と「ビュワー専用となる、一般部署の普及版VR対応のPC」という住み分けになりそうです。
一般職の社員でも使える、製造業VRへ――ワイヤレス化、全身トラッキング
Windows Holographicには、低価格であること以外にも、もう1つの大きな特徴があります。この2〜3年、先行して普及してきたVR HMDには、頭の位置をVR上で認識するために、PCにつないだ専用赤外線カメラや空間座標測定用レーザーを放射する基準ステーションを設置する必要がありました。自分の体でカメラやステーションを遮らないように動き回る必要があるなど、ある種の専門性を要求する「約束事」がありました。
Windows Holographicは、この頭の位置をVR上で認識するための仕組みが、HMD側で完結しており、外部に何らかの装置を置く必要がありません。そのことで、そういう仕組みを意識して動き回る訓練を受けていない一般職の社員でもすぐに使えるようになります。
少数の専門職が使う3D CADなどの高度設備と違い、多数いる一般職の社員が使うITツールにおいて、現実と違う抽象操作を覚えさせなければならない教育コストというのは企業にとっては無視できません。全社的に導入するにあたっては「難しくなさそう」というのは非常に重要な要素です。
現在のVR HMDには、PCからHMDに映像を送り、かつHMDの位置情報をPCに送るためのケーブルが付いています。そのため、ケーブルが体に巻き付かないように動き回らなければならず、これも現実のようなVRの中で、現実とは違うことをしなければならない「約束事」といえました。Oculus Riftを発売したOculusVR社とHTC Viveを発売したHTC社の先行2社とも、発売時期は未定ながら、これを将来的にワイヤレス化することを既に発表しています。
また、これまでもOculus Rift、HTC Viveともにハンドコントローラーはありましたが、より「操作」ということを意識せずにVR空間に入り込むためには手だけでなく、腕や足もVR空間に登場してくれることが求められます。それを実現するセンサーの発売が既に予告されています。
このようなセンサーを使って「Manus VR」のような5本の指の動きがそのまま登場するグローブ型コントローラーも登場する予定です。
これらの新技術で、「ただ被るだけで使えるVR」により近づいていきます。今から数年以内に、VRを見ることはWordやExcelを使うよりも簡単なものになるでしょう。
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