「単なる試作機器や製造設備で終わらせないためには?」――今、求められる3Dプリンタの真価と進化:3Dプリンタブームのその先(5/5 ページ)
作られるモノ(対象)のイメージを変えないまま、従来通り、試作機器や製造設備として使っているだけでは、3Dプリンタの可能性はこれ以上広がらない。特に“カタチ”のプリントだけでなく、ITとも連動する“機能”のプリントへ歩みを進めなければ先はない。3Dプリンタブームが落ち着きを見せ、一般消費者も過度な期待から冷静な目で今後の動向を見守っている。こうした現状の中、慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の田中浩也氏は、3Dプリンタ/3Dデータの新たな利活用に向けた、次なる取り組みを着々と始めている。
「モノが動く喜び」を付加する3Dプリント技術
他にも、革新的イノベーション創出プログラムでは、さらに先の未来を見据えた研究を進めている。例えば、回路やアンテナ、モータなどを埋め込める3Dプリンタ(通称「ロボットプリンタ」)の研究開発などがある。
「子ども向けのワークショップなどを開催してみるとすぐに分かるが、子どもは静止しているモノにあまり興味を示さない。逆に、動くモノにはすごい興味を示す。モノが動き出すだけで随分と人の意識が変わる。これは人間の本能だし本質だと思う。そこで、造形が完了したモノが勝手に動き出し、3Dプリンタから自力で飛び出していく。そんな装置(ロボットプリンタ)が作れないか研究を進めている」(田中氏)。
また、物質化されたモノの再利用(デジタルリサイクリング)についても研究を進めている。現状、3Dプリントした造形物が不要になった場合、そのまま廃棄するしかない。しかし、デジタルリサイクリングでは「デジタルマテリアル」と呼ばれる細かなブロック状の素材を組み立てて造形することで、不要になったらブロックの単位にまで分解して再利用することができる。「将来、1つ1つのブロックの単位がどんどん小さくなっていけば、表面の滑らかな物質と見分けが付かなくなるだろう」と田中氏。
デジタルマテリアルの組み立て方法については、複数のやり方が試されているが、2014年に論文発表されたのが「振る」方法だ。1つ1つのブロックには、かみ合わせのパターンと磁石が埋め込まれており、ブロックの入ったケースを振り続けることで、正しい組み合わせ同士が次第に結び付いてカタチを作っていく。「2次元の平面パターンまでは成功しており、今は3次元形状の立体の造形に着手しているところだ。『振る』という行為も人間の手だけというわけではなく、ロボットアームなどを使うことで自動化できる」(田中氏)という。
このように、「情報が書き込まれたモノ」「自律的に動き出すモノ」「分解して再利用できるモノ」「振ると固まるモノ」など、従来の「モノ」にとらわれない新しいイメージをまず先に考え、次に、思い描いた新しい種類のモノを印刷することが可能な工作機械を作る。目的とする工作機械を実現するために、既存の3Dプリンタ自体を改造し、進化させているのだ。これによって、新しい種類の「モノ」と、それを生産する「機械」とが同時に発明されていく。これらの総体が田中氏の掲げる「IoTファブリケーション」の世界である。田中氏は、「与えられた3Dプリンタを、用意された機能の範囲でただ使うのではなく、3Dプリンタ自身をハックしたり、自分で作ったりしていくことが、これからますます大切になる。これをFabLab界隈(かいわい)では『FabLab2.0』と呼んでいる」という。
「未来に向けてやることは山ほど残っているが、過去5年を振り返ってみると、3Dプリンタ/3Dデータの重要な貢献は、デジタルとフィジカルの『間(あいだ)』に新しい世界を開いたことだ。これは、フィジカル(モノ)だけを志向する従来の製造業の発想とは違うし、デジタル(情報)だけを志向する従来のITサービスやデジタルコンテンツの発想ともまた違う。情報と物質の2つの“間”、あるいはその“往来”や“組み合わせ”の中に、これまでとは全く違うイマジネーションや、新しいモノの可能性を見つけていくことが大切だ。
今は、その端緒の端緒の時期。私たちはこれからも研究を続けていくが、社会の中では、世の中全体の思考が2次元的なものから3次元的なものに発展していき、世の中の事象を3次元的に想像したり、理解したりできるようになれば、人間のモノの見方や捉え方はより豊かなものになっていくのではないだろうか。ブームに流されず、地球のため、人類のために、地に足をつけて研究を進めていきたい」(田中氏)。
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