「家」を変えたサーモスタット「Nest」:家庭内IoT標準化を巡る動向(前編)(1/3 ページ)
自由度の高さ故にカタチが見えにくい「IoT(Internet of Things)」だが、取り組みが進んだ今、各社の将来像が見えてきた。本稿では前編として、IoTの1つの目標として見えてきたスマートホームについて、Nestの事例を通じて解説する。
ここ数年来、IntelやSamsung、Qualcommなど大手企業を中心とする各陣営がIoTの標準化に向けた取り組みを足早に進めている。その中の何社かは「家」を起点にIoT標準化に向けた取り組みを具体化させつつあり、ようやく各陣営の描くIoTの将来像や目的が明らかになってきた。
本稿前編では、各陣営が「家」に着目するきっかけとなった「Nest」について、その概要とIoT市場に与えたインパクトを解説し、続く後編ではNest以外のその他陣営の取り組みや戦略、目標について解説し、IoT標準化を巡る動向に関して概説したい。
「サーモスタット会社をGoogleが買収」の意味
2012年1月に米国ラスベガスで開催されたInternational CESの記者向けイベント「CES Unveiled」で注目を浴びた製品があった。AppleでiPodを担当していたTony Fadell氏とMatt Rogers氏が2010年に立ち上げたNest Labsが展開する「Nest Learning Thermostat(以下:Nest)」だ。
ここでいうサーモスタットとは、建物内の温度設定など空調を一元管理するための機器である。部屋ごとにエアコンが設置してある日本ではなじみが薄いが、家庭内の空調設備を一括管理する欧米では、多くの家庭に導入されている。
Nest Labsが提供する「Nest Learning Thermostat」は、居住者の行動パターンを学習することにより、居住者に対し快適な環境を自動的に提供する学習機能付きAI搭載サーモスタットだ
Nestのサーモスタットは空調設備の一括管理に留まらない機能が搭載されている。この端末にはモーションセンサーの他、温度や湿度、光感知などさまざまなセンサーが搭載されており、居住者の操作情報を全てを記憶することが可能だ。外気温・室温が何度の時に何度に設定するかといった居住者にとっての適温を自動で学ぶこともできれば、空調のオン/オフから、居住者の外出時間や帰宅時間を学習することもできる。
Nestを通じて収集・蓄積された情報は独自のアルゴリズムで解析され、居住者の日々の行動パターンや好みを判断し、自動的に快適な環境を作り出すことができるようになる。さらに、インターネット接続されることで得られる情報を加える事により、Nestは住人の行動パターンに気象情報といった外的要因を加えて判断をすることが可能となる。
そのNest Labsだが、2014年1月にGoogleが32億ドルで買収した。Googleによる買収案件としては過去最高額といわれている。当時、Googleがなぜ、サーモスタット1製品しかなかったNest Labsをこれほどの高値で買収したかについて、メディアにはさまざまな記事が掲載され、議論されたものの、目的や戦略について不明なことが多かった。しかし、最近の動きを見れば、その目的は明白である。Googleは「モノ」としてのサーモスタットを購入したのではない。これまであらゆる業界が参入を試みながら実現できなかった「スマートホーム市場」に参入するための「プラットフォーム」を買収したのだ。
「Nest」というプラットフォーム
「スマートホーム」の構想は比較的古く、1980年台の米国までさかのぼことができる。当時のスマートホームの定義は「家電や設備機器を情報化配線などで接続し、最適な制御を行うことで、生活者のニーズに応じたさまざまなサービスを提供する」ことであった。
その後1990年代には「テレビ画面からの家電コントロール」を中心に、ホームセキュリティやホームバンキングなどが実現可能な「最先端住宅」を指すようになり、2000年代にはブロードバンドで家電や住宅関連装置をインターネットにつなぐ「家電のデジタル化・ブロードバンド化」を指すようになった。そして世界的な環境保護の流れととも、2010年頃からは「電力の見える化による消費エネルギーの削減を実現する家」を指すようになっている。
このように、時代の流れとともにスマートホームの定義は変化してきたが、その動きの旗振りを行うのは主に通信事業者や電力会社、そして家電メーカーであった。しかし、スマートホーム分野は、長年注目されながらも市場が形成されないまま現在に至る。それはなぜか。
これまでのスマートホームに対する取り組みは、特定の機器を新たに導入したり、同一メーカー・同一事業者の製品ラインアップをそろえないと実現できなかった。これがスマートホーム市場形成における最大の阻害要因だったと考えられる。Nestはその常識を覆したのだ。
Nestが展開している製品は前述の学習機能付きAI搭載サーモスタットと、その後販売された火災報知器「Protect」の2つのみである。2014年に入り、6月に監視カメラのDropcamを、10月にスマートホーム関連ハブのRevolveを買収しているが、本稿執筆時点ではそれぞれ独立した製品として展開されている。しかし、彼らが本当に売っているのはデバイスではない。
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