エンジン点火に必要な電圧は数万V! イグニッションコイルの役割:いまさら聞けない 電装部品入門(7)(1/3 ページ)
ガソリンエンジンの燃料を点火するには、鉛バッテリーの12Vの電圧を1万〜3万Vまで昇圧する必要がある。この昇圧を可能にしているのがイグニッションコイルだ。
今回からは、ガソリンエンジン(以下、エンジン)の燃料を点火するのに用いる点火装置について取り上げます。
点火装置の説明を始める前に、エンジン燃焼の三要素について簡単に説明しておきましょう。
エンジン燃焼の三要素
エンジンが自動車の動力として正常に機能するためには、以下に挙げる必要不可欠な三要素があります。
- 良い混合気(空気)
- 良い圧縮
- 良い点火(火花)
これらのどれか1つでも欠けるとエンジンは内燃機関として機能することができません(各要素の呼び方はさまざまあるようですが、意味は同じです)。
この三要素をエンジン燃焼の工程順に簡潔に解説しましょう。
(1)良い混合気
ピストンが上死点から下死点へ下降する際に吸気が行われます。空気が燃焼室に取り込まれたときには、燃焼に最適な混合気、つまり点火されやすく火炎伝播(でんぱ)しやすい霧状混合気になっている必要があります。
そのためにはまず、吸い込んだ空気量を正確に計量し、最適な混合比となる燃料を混ぜ合わせる必要があります。この霧状混合気を実現する装置としては高圧燃料噴射装置などがありますが、これは今回の本題である点火装置の説明からそれますので割愛します。
(2)良い圧縮
取り込まれた混合気をピストンが圧縮する際に、ピストンとシリンダー間の気密がしっかりと保たれていなければ圧縮漏れが発生してしまいます。
圧縮漏れが生じると、定められた燃焼室容積に対して圧縮される混合気量が減少するので、燃焼時の膨張力が低下することになります(圧縮比の低下)。
圧縮比の観点で見れば、ピストンとクランクシャフトを連結しているコンロッドが何らかの原因で曲がっていたりすると、本来の上死点よりも低い位置で圧縮工程が完了してしまうので、やはり実質的に圧縮比が低下します。
これとは逆に、燃焼室が小さかったり、上死点が必要以上に高い位置にあったりといった状況では、圧縮比が必要以上に高くなり過ぎます。圧縮した混合気は想定よりも高温になるので、点火される前に自己着火してしまうことになります。これがノッキング現象の原因の1つであり、正常な燃焼を行えなくなるだけでなく、エンジンダメージの要因にもなります。
(3)良い点火
圧縮された混合気に火花を飛ばして点火するには、限られた短い時間で確実に燃焼へと導けるような強い火花が必要であると同時に、エンジンに掛かる負荷に応じた最適なタイミングで点火を行うことも非常に重要です。
仮に、最適なタイミングよりも点火が早いと、圧縮状態が完全ではないので、クランクシャフトから取り出せる動力が低下します。逆に点火が遅い場合でも同様です。これらはもちろん、エンジン回転のレスポンスや円滑さにも影響します。
良い点火とは?
以上がエンジンにとって必要不可欠な三要素ということになります。これらの中で、今回詳しく解説する点火装置と深い関わりを持つのが“良い点火”です。良い点火を行うには、点火装置を使って最適なタイミングで強い火花を飛ばす必要があるからです。
しかし、意外とエンジンの良い点火に求められる火花がどのようなものかを理解されていない方もいらっしゃいます。そこで、まずは火花について、最も基本的な部分から説明しましょう。
点火装置から火花を飛ばす際に利用するのが放電現象です。放電による火花で最も身近な例といえば雷の稲妻があります。他にも、静電気が原因で痛い思いをする放電もあります。
電流が流れる現象はオームの法則に従って決定されますが、世間的な常識としては「空気(大気)は電気を通さない」というイメージがあると思います。
それもそのはず、実際には電気を流せないほどの抵抗を大気が有しているからであり、身近に存在している電圧レベルでは、大気が持つ大きな抵抗を凌駕(りょうが)することはできないのです。
逆に言えば、大気の抵抗が容易に電気を流せる程度だったりすれば、われわれが日常的に安心して電気を使用できませんね。
しかし誰もが雷の稲妻を見たことがあるように、大気中に電気を流すことは可能です。もちろん、そのためには、大気が持つ抵抗を凌駕するだけの電圧が必要になります。
さらに大気を代表とする、一般的に絶縁体と呼ばれている物質に電流(火花)が生じる場合は、緩やかに電流が流れるわけではなく、ある一定以上の電圧差(電位差)が生じた時点で急激に放電するという特性があります(絶縁破壊)。
雷の稲妻を例にとれば、雷雲内で生じた電圧が、雷雲と地表との間にある大気の抵抗を上回るとともに、絶縁破壊が生じるだけの電位差が生じた時点で一気に放電して、雷が落ちるというイメージになります。
参考までに、落雷時の電圧は地表との距離によって異なりますが、1億〜10億Vと言われています。自動車の鉛バッテリーの電圧が12Vということを考えるとその大きさは果てしないものですね。
では人体から生じる静電気による火花放電が起きる際の電圧はどの程度なのでしょうか?
これも“パチッ”ときた瞬間の距離や大気の状態といった条件によって異なりますが、放電距離1mmで約1000Vと言われています。
仮に1cmの距離でパチッときたら、1万Vもの静電気が体内に帯電した状態から瞬時に放電したということになります。
これらの放電は分子間を電子が移動することによって生じています。通常の大気であっても、放電距離が1mmにつき約1000Vもの高電圧が必要になるということが何となくお分かりいただけましたでしょうか?
さてここであえて「通常の大気」と表現しましたが、非常に重要なポイントです。
エンジンを点火するには、シリンダー内の圧縮された空気の中で強い放電火花を飛ばすことが最低条件になります。圧縮された空気は通常の大気と比べて分子間の隙間が狭いので、同じ容積の中に多くの分子が存在しています。つまり、同じ放電距離であっても、より多くの分子の間を電子が移動しなければなりません。これはすなわち、電気的抵抗が増えているということになります。
通常の大気であれば放電距離1mm当たりで約1000Vの電圧が必要ですが、圧縮空気中ではその数倍もの電圧が必要になります。
エンジンの点火装置で火花を発生させる部品であるスパークプラグの電極隙間の距離は、1mm前後です。この電極隙間に火花を生じさせるために必要な電圧は1万〜3万Vになります。仮にスパークプラグを点検する場合、大気圧下の状態で電極隙間に火花がきちんと飛んでいたとしてもあまり意味がありません。実際には、もっと過酷な条件の下で火花が飛ぶかどうかを確認するべきでしょう。
少し余談になりますが、理想的なスパークプラグの点検方法としては、1cm以上離れた位置にあるアース部に向かって火花が飛ぶかどうかを確認するというものがあります。
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