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ソムリエとプログラマーの共通点とは?山浦恒央の“くみこみ”な話(53)(2/2 ページ)

今回は「第14回 A.S.I.世界最優秀ソムリエコンクール 東京大会」を観覧して感じたソムリエの世界と、ソフトウェア開発の世界の“共通点”について紹介したい。

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 同大会のサービング実技は、「ワナが満載」であることで有名です。過去の意地悪なシチュエーションとしては、例えば、客にグラスを配ろうとしてグラスの匂いを嗅いだところ、キチンと洗っていないので“せっけん臭い”(大急ぎでグラスを洗い直さなければなりません)、ワインを注いでいる最中に客が「あら、薬を飲まなきゃ」とモゾモゾする(薬を飲むために水を出す)、意識的にワインの入ったグラスを倒す(新しいグラスに取り換え、ワインを注ぎ直す)など……が挙げられます。まるで地雷原をほふく前進するかのように、トラップがいっぱいです。観客もワナがどこにあるのか、興味津々で競技を見つめています。

 先ほど紹介した8つのサービングのプロセスにおいて、客にワインをサービングする際、以下のように(これはほんの一例です)、いろいろな点に気を配らなければなりません。

(1)オーダーされたワインを出す 
 収穫年が違う、赤・白を間違える、ボトルの大きさ(750cc、1500cc)を間違えるなど、“ワイン間違い”は意外に多く発生します。このワイン間違いは致命的で、フィギュアスケートの演技で、尻もちをつき、そのまま20m滑る以上に大きな減点となります。

(2)ワインを正しい順番で注ぐ 
 ワインをサービングする順番は、女性から男性へ、女性が2人以上いる場合は、年長者からが基本です。男性も同様ですが、ホストヘは最後に注ぎます。

(3)テキパキとこなす 
 ゆっくりもたもたとサービングするのは、100mを1時間かけて走る(歩く?)ようなもので、大減点を食らいます。

 ただし、これらの注意事項は常識中の常識です。ファイナリストたちは、さらに細かな点に意識を集中させていたことでしょう。例えば、次のような心理だったのではないでしょうか――。

8人へのサービングで、6分は時間が少し長い。何かワナがあるに違いない。奥のテーブルに、オーダーされたワインが2本も立ててあるな。普通は1本だけだ。ビンテージも同じだし、24時間立ててあったので、両方とも澱がボトルの底にきれいに沈んでいて良いコンディションだ。2本とも完全に同じ状態に見えるが、それなら、なぜ2本あるのだろう? どこかにワナがあるに違いないが、よく分からない。1985年のワインということは、古酒なので、コルクが弱っている可能性が非常に高いな。細心の注意で抜かないと、途中で折れたり、切れたりしそうだ……。


決勝戦でのカナダ代表の試飲
決勝戦でのカナダ代表の試飲

 最初にサービングを行ったベルギー代表の選手は、サービングのプロセスの1〜5.を、そつなくこなしたのですが、6.に移って最初の1人にワインを注いだ時点で6分が過ぎて、あえなく時間切れになりました。そして、2番目のカナダ代表の女性選手(女性のソムリエを、ソムリエールという)は、弱いコルクに慎重になり過ぎてしまい、ようやく抜けたところでタイムアップとなりました。

 そして、最後に登場したのは、今大会の優勝候補であるスイス代表の選手。彼は、これまでの国際大会で何度も上位に食い込むほどの実力者です。サービング実技が始まると、実にテキパキと作業を進めていきます。時々、コマ落としの動画を見ているような気がするほど、鮮やかでムダのない動きでした。結果は圧勝。このスイスの選手が優勝の栄冠を勝ち取りました。

プロセスという考え方は、ソムリエもプログラマーも同じ

 “決まった作業を、決まった順番で正確に高品質でこなしていく……。”彼の動きを見ていて、ソムリエもプログラマーも、やることは違うが、プロセスという考え方は全く同じだと痛感しました。

優勝したスイス代表の喜びの顔
優勝したスイス代表 パオロ・バッソ氏の喜びの顔

 「プロとアマチュアの違い」とは何でしょうか――。それは、アマチュアはやりたいように、行き当たりばったりにやりますが、プロは、同じ手順、同じ作業、同じ時間、同じ品質でものごとを進めます。ソフトウェア開発の工程は、仕様書を作成して、決まった順番・決まった内容で仕様書を検証し、それを基に設計書を作成して、決まった順番・決まった内容で設計書を検証し……といった具合に続きます。この「決まった手順(プロセス)」が確立されているかどうかで、ソフトウェア開発の成功・失敗が決まるといっても過言ではありません。

 優勝したスイスの選手は、制限時間内でサービングのプロセスの1〜8.の全ての作業を終えました。しかも、残り時間が40秒もあり、余裕の笑みを浮かべていました。この姿を見て、観客もスイス代表が優勝すると確信したことでしょう。

 ただ、スイス代表の笑みには95%の満足感と、「トラップは何だったのだろう?」という5%の不安があるようにも見えました。

3.トラップは何だったのか?

 ファイナリスト3人の競技が終わり、優勝者の発表の後で、「答え合わせ」がありました。

 スイス代表が5%の不安を(おそらく)感じていた、サービング実技でのワナは、「オーダーされたワインであることを確認してもらうため、ワインをホストに見せたところ、ホストがワインを手で持ち、他の客に、『これはいいワインだよ』と誇らしげに見せた。この時、ボトルを振り回したので、底に沈んでいた澱が舞ってしまった。だから、ここでは『澱が立ったのでお取り換えします』と言って、もう1本のワインを持ってきて、そのコルクを開けるべきだ」というものでした。

 このアナウンスがあった瞬間、会場から「あぁ、だから同じものが(テーブルの上に)2本あったのか」と、ざわめきが起きました。実は、3人のファイナリストの内、このトラップに気が付いたのはカナダ代表だけでした(でも、残念ながら時間切れ)。優勝したテキパキ型のスイス代表も気が付かないほど、難解なトラップだったというわけです。

 40秒を残して、テキパキとサービングを終えたスイス代表ですが、このワナに気が付いて、ワインを取り換えていれば、ほぼぴったりの時間だったことでしょう。恐らく、これまで、彼がレストランでサービングした客の中に、今回のようにボトルを振り回す行儀の悪いホストはいなかったのではないでしょうか。今回の競技(答え合わせ)で、スイス代表の経験値はさらに上がったと思われます。

4.プロセスを確立し、磨き続ける

 どんなプログラムを作る場合でも、同じ開発方式、同じ順番、同じ検証作業で進めることが重要です。多くの経験を積んでいくことで、この手順をより早く・正確に実行できるようになります。また、そうなってくると、見積もり精度が上がり、品質制御も容易になりますし、突発的なアクシデントにも柔軟に対応できる力が養われていくことでしょう。

 そのためにも、開発プロセスをきちんと確立し、日々の経験によってそれを改良したり、フィードバックしたりする必要があります。こうして培われた開発プロセスは、“職人としてのプログラマー”の知恵の集大成といえます。トップレベルのソムリエと同様に、毎日、問題意識を持って鍛錬し、経験値を上げることが重要です。

 世界を代表するソムリエたちの華麗な技を楽しみながら、プロセスの重要さを再認識することができました。(次回に続く)

【 筆者紹介 】
山浦 恒央(やまうら つねお)
東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士)

1977年、日立ソフトウェアエンジニアリングに入社、2006年より、東海大学情報理工学部ソフトウェア開発工学科助教授、2007年より、同大学大学院組込み技術研究科助教授、現在に至る。

主な著書・訳書は、「Advances in Computers」 (Academic Press社、共著)、「ピープルウエア 第2版」「ソフトウェアテスト技法」「実践的プログラムテスト入門」「デスマーチ 第2版」「ソフトウエア開発プロフェッショナル」(以上、日経BP社、共訳)、「ソフトウエア開発 55の真実と10のウソ」「初めて学ぶソフトウエアメトリクス」(以上、日経BP社、翻訳)。


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