「挑戦の証」である失敗なら、たとえ大きな損害が出てもOK:国内75%シェアの企業経営の秘訣
約1800点にも及ぶトルク機器をそろえたメーカー 東日製作所。国内のトルク機器の75%ものシェアを握る同社経営の秘訣は、「売り上げにこだわりすぎないこと」「失敗すること」?
特定の分野に事業を集中し、世界トップクラスの強みを持つようになった中小製造業が日本にはたくさんある。大田区にある東日製作所もそのうちの1社。ねじの緩みを許さないトルク機器に特化し、国内では約75%ものシェアを握る専門メーカーだ。
家庭にも置いてありそうな一般的なトルクレンチから、橋などに使われる大型のボルトを締めるレンチ、バスのタイヤホイール専用の増力ギア内蔵レンチ、歯科のインプラント治療用レンチといったレンチ類、さらにはねじの締まる力(トルク)を計測する測定機器、ねじの締め忘れをチェックするシステムまで、さまざまな製品を扱っている。
同社のカタログに掲載されている製品数は約1800点。顧客から要望があれば、レンチ1本からでも専用の機器を開発してきた。「約1800点」という数字は、そうした積み重ねの結果なのだ。
自社技術にこだわる
世界中にトルク機器を手掛ける企業は数あるが、「トルク機器に特化」している会社は東日製作所くらいだと同社技術担当取締役の伊藤聖司氏は語る。
「創業当時は、トルク機器に特化していたわけではありませんでした。創業からしばらくして、『トルクは工業界にとって必要なものになるはずだ』と創業者が着目。日本で初めてトルク機器を開発し、自動車メーカーに提供しました。そこからトルク機器に特化するようになったのです」
「当時から“大量生産”という方向にはかじを取らず、お客さまの要望があれば、レンチ1本からでも新たに設計・開発してお納めする方針を貫いてきました。その結果、小さなものから、船舶や橋りょうといった大型のものに至るまで、当社の提供するトルク機器でカバーできる範囲はほとんど全ての工業分野に広がっています」
「売り上げの柱は、ねじを締めるレンチ類が大半を占めていますが、ここ10年ほど、変化が生じてきています。ねじを締めたときのトルクを記録するための測定機器や、そのデータを残しておくためのシステムに対するニーズが増してきているのです。ねじ1本であっても、締め付けをおろそかにしないことが安全につながります。事故防止の観点から、そうしたニーズが増えているのでしょう」(伊藤氏:以下、同)。
トルクレンチはもちろん、トルクレンチを検査・校正するテスター、トルク計測システムのソフトウェアまで、製品の基本的な部分は全て自社で製造している。さらに、購入前の顧客にトルクに関する情報を提供するビフォアサービス、納品後のメンテナンスなどを含めたアフターサービスも全て自社でカバー。トータルサービスを提供できるというのも、同社の強みだ。
「『売り上げを増やす』ことにあまり固執しない企業文化です。それよりも、自社の技術にこだわり、できるだけ社内で全てまかなえるように努めてきました。現在の売り上げは国内と海外で同じくらい。徐々に海外比率は高くなっています。国内のお客さまが海外進出されることで自然と売り上げが増えてきたこともありますし、海外に販売代理店網を広げたことで新規のお客さまにも導入いただけるようになってきました。アジアからの売り上げが一番多くなっていますが、ヨーロッパ、北米、南米、アフリカの一部にも輸出させていただいています。そうした海外での販売でも、現地に販売子会社を作り、そこを拠点にしてビフォア/アフターサービスを提供できるようにしています。現地で働く代理店スタッフの教育まで含めて、自社で全てまかなえることを目指しているのです」。
「良い失敗」なら構わない――エンジニアが設計開発からマーケティングまでを1人で見る
「トルク機器に特化」している会社は東日製作所くらいだが、海外に出れば同社よりもはるかに大規模な、世界的な大手メーカーがライバルになる。そうした競争環境でも生き残れるように、少数精鋭の組織にこだわっているのだと伊藤氏は言う。
「中小企業でも大きな成果を出せるように、『最小の人員で大きな成果を出す』ことを追求しています。社員には若いうちからどんどん仕事を任せる方針です。約1800点もの製品がありますが、新製品を開発する際には、基本的に最初のスペックを決めるところから設計開発・検査・マーケティングに至るまで、1人のエンジニアが全て責任を持ってやっていく体制です。自分中心で仕事を進めることができます。プレッシャーはかなり大きいはずですが、責任を持つことによって成長を促されるところもあるのではないでしょうか」
「それに、当社は失敗が許される会社です。失敗にも『良い失敗』と『悪い失敗』があります。次の新しいものを生み出すために考え抜いて挑戦した結果の『良い失敗』なら、大きな損害が出たとしても構いません。『何もしないで失敗した』というのが一番よくないことですから」
国ごとに違うかもしれないニーズを把握する
日本の製造業の問題として、熟練工の人数が減ってきていると分析する向きもある。だが、同じことは海外でも起こっていると伊藤氏は指摘。同社が蓄えてきたトルク関連のノウハウを海外にも提供していくことで、ねじの締め忘れを防ぎ、事故・故障を防ぐ一助にしたいと述べている。
「開発の拠点、技術の本質的な部分は日本に置きたいと考えていますが、今後は海外拠点を増やしていく計画です。ビフォア/アフターサービスは、できるだけお客さまに近いところで提供するのが一番。同じ用途のレンチであっても、日本とアジア、アメリカとで求められるスペックに違いがあるかもしれません。そうした国ごとのニーズを把握するためにも、海外に拠点を作り、情報収集する必要性を感じています。日本から海外に進出されたお客さまには当社製品を使っていただけているので、後は海外のお客さまですね。今後は海外のお客さまに必要とされる製品・システムを提供していきたい。そのためのチャレンジをどんどん続けていきます」
「企業である以上、売り上げや利益というものは大切。ですが、国内でのトルク機器のシェアで当社は75%ほどを占めています。ねじの締め忘れを防ぐところで、当社には供給責任があると感じています。先日も直接の売り上げにはつながりませんが、『kgf・cm』単位などで表したトルク値をSI単位の『N・m』に換算できるスマートフォン向けアプリをリリースしました。それもトルクにかかわる業務を少しでも効率的にできるようにしたいと思ってのことです。お客さまにとって必要なトルクを測るという点で、今後もますます、よりねじの締め忘れを防ぐことができる製品・システムを提供していきたいと考えています」
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