部門も言語も超える共通語が、日本にも必要な時代になったんです:雑談S&OP 松原先生との対話(2/3 ページ)
最近よく耳にするようになったS&OPというコトバ。いまなぜ、日本企業に必要と言われるようになってきたのか、連載の筆者、松原先生に聞いてみよう。
オーストラリア企業の成功例を知る
松原 それから10年ほどが経って、米国のハーバード大学出版のバランス・スコアカード専門誌「BSC Report」(2008年7月・8月号)の中で、あるオーストラリア企業の事例に着目したことが、再度のきっかけです。さきほど、戦略がBSC、ボトムからのアプローチがMRPといいました。その両者をつなぐものとして、S&OPプロセスを採用し、成功しているという話だったのです。日本ではなかなか普及が難しいERPのロジスティクスからではなく、経営戦略やBSCの方からなら、マネジメントを説得しやすいと思い、あらためて研究し始めたのはこれがきっかけでした。
編集部 戦略のBSCと戦術のS&OPを結び付ける記事に近い内容のようですね。
松原 その通りです。私は先の「BSC Report」の記事を読んだときに感激してしまい、電車の中にもかかわらず、わくわくしながらメモをとっていったくらいなんですよ。
私はもともと会計士の立場でしたから、アシストのトッテン社長からMRP IIの担当をすすめられたとき、米国のパッケージ・ベンダーのマネジメントからは会計士などに生産管理などの業務が分かるものか、と言われました。
しかし、会計のシステム化から始まり、MRP II生産管理やERPへと接点を持ち、戦略の視点からはBSCに取り組んでいました。そして戦術的なプロセスとしてS&OPを研究したわけです。ここまで包括的に見られる人材はそうはいないと自負していますよ(笑)。
はやれば「雨後のタケノコ」のようにコンサルタントが出てくるのだけれども、一方向の講演やら何やら、というのはちょっとかじったような人でもできる。だけれど、実際の企業でアドバイスをするのは、そう簡単なことじゃないんですよ。出てきた課題を、さまざまな角度で分析したり過去の企業指導のノウハウを基に解決しなくてはならない。しかもできるだけ速やかに。
S&OPプロセスは私が持っているノウハウの「点」をつなぎ、「面」にする意味もあるんです。いまは、ビジネスモデルと戦略を(ビジネスモデルマップと戦略マップで)つなぐことにも夢中ですけどね(笑)。
編集部 それは追って別企画にするとして、現場と経営の戦略をつなぐ仕組みとして成功しているその事例を発見して、あらためてS&OPプロセスを日本企業に広める「機は熟した」とお考えになったんですね。それで『S&OP入門:グローバル競争に勝ち抜くための7つのパワー』(日刊工業新聞社、2009年6月)を出版された。
松原 そうなんです。だけれど、2009年6月の出版当時、S&OPというキーワードは全く知られていないに等しかったから、出版社は発行当初は苦戦したみたいですよ(笑)。
にわかに注目を集め始めたキーワード
編集部 確かに、キーワードそのものもあまり一般的ではありませんでした。ただ、ここ半年〜1年くらいで、ちらほらとS&OPという言葉を耳にするようになってきた印象があります。
松原 やはり、不幸なことではありますが、東日本大震災やタイの水害被害の対応で多くの企業がグローバルサプライチェーン管理の見直しを進めたことが大きかったと思います。
それ以前も、大企業のみならず中堅企業の海外展開が目立ってきていて、数字が見えにくいといった課題は出てきていたことは間違いないんですが、思い切ってプロセスや組織にてこ入れをするという判断に至った企業は多くなかった。けれども、災害後の対応を経験して、やっぱりもっと機動力を高めなければという思いを強くしたのではないでしょうか。
恐らく、ソフトウェアベンダー側もそうしたユーザーの課題意識を察知したのだと思います。グローバルなベンダーであれば「なぜに日本ではS&OPシステムが売れないんだ」とはっぱをかけられていたはずですしね。それほどまでに、日本ではS&OPの普及は遅れていたのです。
欧米のソフトウェアベンダー各社とも、S&OPの普及と進化に対応して機能モジュールとして実現できる機能を持ってはいました。しかし、実際に複数シナリオを月次や週次で策定するのは情報処理能力的に難しかった。
ところがここ数年は、以前ならばとても処理し切れないような大量のデータを一瞬で分析できるコンピューターリソースが普及してきました。もう手元には高速で多軸分析が可能な環境がある。S&OPプロセスを実現するためには、実績情報を基にしたシナリオ作成が必須ですから、こうした情報処理環境の変化も後押ししたように思います。最近では例えばクラウドベースのS&OPプロセス支援サービスなども出てきているようですし。
課題に対しての解決策として提案していかないと、ツールを前面に出してもやはり伝わらないですよね。「グローバル競争に勝ち抜くための7つのパワー」というサブタイトルからもお分かりのように、課題を解決するというスタンスから本を作りました。2009年からMONOistに掲載した連載も同様の意図で始めたんです。
S&OPプロセスが対象とする需給や事業計画と業務の連携といった全体の大きな流れを大局的に見るのは非常に難しい問題です。例えば、S&OPベストプラクティス企業の担当者であっても、全体のプロセスを理解している人はまれなんですよ。だから、ベストプラクティスのプロセスで業務を行ってきた企業から、例えば生産管理担当者を引き抜いたり、あるいはM&Aで一緒になったりしても、オペレーションの専門担当者は、自身のオペレーション領域以外については詳しくはないので、同じようなプロセスを構築はできない。
だからS&OPを成功させるためには、個別領域の担当者に対してもS&OPプロセス全体の流れを学ばせなければならないのです。そうした取り組みができる企業でないと人材は育たないでしょうね。これは、スタートアップのタイミングで学習しなければならない人でなければ体験しないことかもしれません。実のところ、プロセスが出来上がってしまえば、あとはそのプロセスに従えば済むのですから。
外資系は特にそうした形が多いですよね。これが続くと、ベストプラクティス企業であってもS&OPプロセスの継続的な発展は難しいのです。
EU統合と国をまたぐ管理手法の発展
編集部 このS&OPというマネジメントプロセスは、米国が発祥ですが欧州で発展したそうですね。
松原 S&OPは、米国オリバー・ワイト社にいたリング氏が提唱したのが始まりです。しかし、その手法はヨーロッパで大きく発展してきました。というのも、ヨーロッパでは、EUの統合を経験していますよね?
それまで、国ごとに製造と販売拠点があった企業が、一気に国境を越えた流通が容易になった。そこで何が起こったかというと、地域内の経済格差を活用した、西側を中心としたマーケットに向けて、東側の製造拠点で生産する動きです。要は、労働単価の安い旧東ヨーロッパにどんどん生産拠点を移していったわけです。ヨーロッパの企業の多くはこのときに、過去経験したことのないサプライチェーンの構造やリードタイムの長さを体験したんですね。当然、多くの企業で、それまでのような管理手法では時間がかかり過ぎて対応できなくなったわけです。
ある単一の市場に工場も本社もある。その中で需要と供給をバランスさせていくという考え方から、EU統合をきっかけに、市場の中心は西欧、工場は東欧に集約する流れが進んだんです。そこで、西欧各国の重要情報を集約して東欧の工場でどうするか、という考え方になってきた。これを「リージョナル」と呼んでいたんだけれども、とにかくEU統合を契機にEU域内での需要と供給の集約が進んでいった。
その次にグローバル化がやってきたのです。今度は東欧にあった生産拠点は、BRICSなどのさらに遠い地域になってきた。当然リードタイムが非常に長くなったのです。アメリカでもヨーロッパでも、生産拠点から市場にモノが届くまでに船便で2カ月、なんていう状況です。この状況の中で、どう生産してどう売っていくかをコントロールすることが、従来よりもずっと重要な意味を持つようになったんです。
編集部 輸送在庫などの問題は、財務状況に大きく影響を与える問題でもありますね。
松原 ここ5〜10年の間に、欧米の大手企業は需要と供給をバランスさせるグローバルサプライチェーン、財務との関係性――生産管理関連の情報と絡む財務情報がIR情報の中でも重要な位置になってきたんです。
それでS&OPに取り組む企業、それからそうした仕組みを提案する大手IT企業も出現してきたんです。
けれど、ITベンダーの日本の経営者や担当者の中には、ERPブームの記憶があるからか、大々的にS&OPというキーワードだけが流行してしまうと困る、という人もいる。というのは、流行語になってしまうと、名ばかりで実体の伴っていないプロダクトがどんどん市場に出回ってしまう懸念があるからです。S&OPプロセスがどのようなものかをきちんと理解している人がやらないと、確実に失敗しますからね。せっかくのいいプロセスなのだから、そうした弊害は避けたいと考えているようです。
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