無線チップ入りボールでサッカーを「IT化」、ニュルンベルクで試験運用中:サッカードイツ代表の秘密兵器?
ドイツの研究機関が、サッカーボールや選手の脚部に組み込んだ無線チップを使って試合中のさまざまなデータを収集/分析するシステムを開発中だ。ニュルンベルクのサッカーチーム「1.FCニュルンベルク」のホームスタジアムを使った試験運用も始まっている。
ドイツの研究機関であるFraunhofer研究機構の中で、マイクロエレクトロニクス関連のハードウェア/ソフトウェアの研究開発を担当しているのがFraunhofer IISだ。オーディオ/ビデオ関連のコーデック開発では高度な技術を有しており、音楽ファイルの圧縮フォーマットとしてすっかり定着したMP3や、デジタル音楽プレーヤー向けのエンコード/デコードICの開発で知られている。
そのFraunhofer IISが取り組んでいる研究テーマの1つがサッカーの「IT化」だ。具体的には、ビデオ映像を基に行われているサッカーの試合中のプレー分析について、リアルタイムトラッキングが可能な無線チップ「RedFIR」を使って、サッカーゲーム分析のスピードと精度を飛躍的に向上させようとしている。2012年3月上旬にドイツのハノーバーで開催された展示会「CeBIT 2012」では、RedFIRを組み込んだボールなどを展示していた。
Fraunhofer IISが、「CeBIT 2012」で展示した無線チップ「RedFIR」である。左上にあるのが、サッカーボールに組み込むタイプのRedFIR。右下のケースに入っているものは、選手の脚部に装着するタイプのRedFIRである。(クリックで拡大)
RedFIRの仕組みはこうだ。まず、無線チップを組み込んだサッカーボールを用意し、サッカー選手の脚部にも無線チップを装着しておく。次に、フィールド上に数十〜数百個設置した受信アンテナで、無線チップから1秒当たり百数十回送信される電波を受信する。システム側では、各アンテナで受信した無線チップの信号から、フィールド上におけるボールや選手の正確な位置を割り出す。位置の誤差はわずか数cmである。これらの位置データは、ネットワークを介してデータベースや分析システムに送信されて、利用されることになる。
収集した位置データに「Event Observer」と呼ぶソフトコンポーネントを適用すれば、パスやシュートなどの選手の動作を自動的に検知することもできる。選手の歩数や移動距離、移動速度も同時に割り出せる。監督やコーチは、これらの情報をリアルタイムで表示するタブレット端末を見ながら、状況に即した戦術を検討できるようになる。また、試合の終了後に選手たちが問題点を振り返る際にも、これらの情報を役立てることが可能だ。
RedFIRを使ったシステム(以下、RedFIRシステム)の用途は、試合に関する情報の収集や分析だけにとどまらない。テレビ放送における試合中継への適用も検討されているのだ。RedFIRシステムは、試合に関する情報をほとんど網羅しているので、試合中のさまざまな状況について、関連する情報を基に作成した3Dグラフィックスで再現できるのだ。3Dグラフィックスによる再現映像は、任意の視点から試合を観戦したり、特定の選手の動きだけを追い続けたりといった従来のテレビ放送の映像ではできなかったことが可能になる。また、実際に試合を撮影した映像の上に、収集したデータを基にした情報をオーバーレイで表示するという応用も容易に実現できるだろう。
このRedFIRシステムは、ニュルンベルクのサッカークラブ「1.FCニュルンベルク」のホームスタジアムである「イージークレジット・シュタディオン」内に実際に設置されており、試験運用が進められている。Fraunhoferは、「現在の技術はサッカーボールの位置や接触に関する解析が可能な“フェーズ1”の段階にある。今後は、実際の試合中にボールがラインを割ったかどうかを正確に判定するといった審判用途でも利用可能な“フェーズ2”に進める」としている。
スポーツのデータ分析とその活用については、サッカーはもちろん、アメリカンフットボールや野球、バレーボールなどでの事例がよく知られている。しかし、このRedFIRを使ったシステムは、従来のスポーツデータ分析と比べて、収集できるデータのリアルタイム性と詳細さで群を抜いている。適用できるスポーツは多そうだが、そのスポーツの競技団体、チーム、選手の理解が必要なので、ドイツ国内のサッカーリーグ「ブンデスリーガ」で採用が進むのではないだろうか。近い将来には、サッカーのドイツ代表チームが、ワールドカップで勝ち抜くための秘密兵器としてRedFIRシステムを活用しているかもしれない。
おまけ:「CeBIT 2012」で、Fraunhofer IISが展示していた似顔絵ロボット。ビデオカメラの前に座った人物の顔を画像処理(輪郭抽出)して、KUKA製の産業用ロボットのアームに付けたペンで、キャンバスに見立てたホワイトボードに描かせていた。数分ほどで書き終えると、キャンバスを持って周りの観客に見せ、その後で似顔絵を消してからまた描くというデモを繰り返していた。(クリックで拡大)
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