ペンもアプリも“気持ちよさ”を実現する道具だ:アプリ開発者のモノづくり(2/3 ページ)
アプリもモノも、作る上での考え方は同じ。アプリ開発者自身が、iPhone/iPadアプリだけではなく、専用のタッチペンまで試作・設計した。
社内でのペンの評判
植松氏は試行錯誤を繰り返しながら、何本ものタッチペン試作品を作り続け、自信があるものができれば、社内に持っていって浮川氏や社員に試してもらった。
メタモジはiPad/iPhoneアプリ開発の企業なので、当然その社内もタッチペンのユーザーだらけ。社員たちにもタッチペンの書き味を試してもらい、意見をもらいながら、植松氏はペン先や軸のサイズ、重心などの仕様を細かく固めていった。
日ごろからタッチペンを使う人たちの目は、厳しい。故に植松氏も、「生半可な物は持っていけない」という気合いの下、検討に検討を重ねた試作品だけを社内に持っていった。
最初に植松氏のペンを試したのは、自身も7notesのヘビーユーザーである浮川氏だった。浮川氏は、その気持ちのいい書き味に、非常に感激したという。社員の皆にも、評判は上々。「自分が作ったモノを使った人たちが喜ぶ顔」というのは、作り手にとっては一番のご褒美だ。
「私自身、植松のタッチペンを使ってみて、多くの人に『書くのが気持ちいい』という体験をしてほしいと思いました。なので、やはりちゃんとモノとして生産したいと考えるようになりました」(浮川氏)。
その書き味は、文字や言葉で具体的に表すのは難しい。とにかく、「書いていて気持ちいい」。
「iPadやiPhoneで、気持ちよく手書きしたい」という7notesの思想に、これほどぴったりなものはない。それなら、製品化してもうまくいくのではないか――浮川氏や植松氏はそう考えるようになった。
ひとまず「製品化する方向で検討する」ということにはなったものの、社長である浮川氏はその最終決定をなかなか下せずにいたという。
そうしているうちに、ある著名なガジェットフリークと打ち合わせの機会を設けられ、“植松タッチペン”について、彼の意見を聞くことにした。
その打ち合わせに現れたのは、ブログでガジェットのレビューをする「ZONOSTYLE」の倉園佳三氏だ。彼は、世界中のタッチペンを収集し、片端からレビューしていた。そのレビューは、決して、生やさしいものではなかった。
植松ペンにも、厳しい意見がくるものかと思いきや……。
「『これ、世界一だよ。世の中に出さなきゃ!』って言ってくださったんですよ」(植松氏)。
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⇒ | ZONOSTYLEによるSu-Penレビュー |
「自分たちは世界一だと思っていましたが、さすがに“皆が”そうだと思うとまで、うぬぼれていたわけではありません。倉園さんに客観的な目で、そういうことを言ってもらえたので、とても自信になりました」(植松氏)。
「自動車でいうと、“これだ”と思うスポーツカーを作ってみたら、F1ドライバーに『F1の車両並みのハンドリングだ!』と言ってもらったようなものですからね」(浮川氏)。
このひと声が浮川氏の心を強く前へ押し、同社の「Su-Pen」が誕生することになった。
アプリ屋は、図面は描けない。それでいいのだ
Su-Penは、基本的には軸にペン先というシンプルな構成だが、部品は10点ほどで、ちょっとした機構モノだ。特許出願も既に済んでいるという。
ペン先と軸は交換ができる仕様になっていて、さらにペン先は4層構造と、メンテナンス性や後々の拡張性を見込んだ構造にしているという。
ペン軸は、燕三条(新潟県)の職人が手磨きしたもの。そんなこだわりの逸品とはいえ、人には好みがあるし、そのときは好きでもあっさり飽きたりすることもある。その軸のほかにも、市販されている鉛筆ホルダがはめられるようになっている(一部、使えないものもあるので注意)。
このような構造は植松氏が全て考えたという。このような機構までは自分で何とか考えられた。しかし、その生産はさすがにプロに任せるしかなかった。
生産図面は、同社の知り合いの企業に委託することになった。その企業の担当者と植松氏とで密に打ち合わせしながら、図面を作っていったという。このとき、植松氏が製品の仕様を示す際にも、7notesとペンの試作品が活躍したそう。
モノづくりをするのに、植松氏自身が筐体設計や機械製図を覚える必要はなかった。企画や概念さえ明確にしておけば、後はどうやってそこに、自分が苦手とする専門分野のエキスパートたちを巻き込んでいくかだ。社内にいなければ、このように外部の企業に協業を仰げばいい。
Su-Penの協力会社はもともと浮川氏の知り合いの企業で、心が通いやすかったことも、製品開発を後押ししたのかもしれない。自社(あるいは個人で)で製品開発をするに当たっては、日ごろからさまざまな企業と交流を図っておくことも重要となるだろう。
取扱説明書は?
取扱説明書に該当するものは、小さいペラ1枚のみ。最低限の説明と、浮川氏と植松氏の思いをつづったあいさつ文で構成している。使い方について詳しいことやQ&Aは、Webで見てもらうようになっている。
一般的な製品の梱包ではなく、菓子の梱包を意識したのだという。
社長の名前だけではなく、開発責任者として植松氏の名前とメールアドレスが書かれているのも興味深い。それは、浮川氏や植松氏のSu-Penへの自信や、強い思い入れの1つの表れなのだろう。
流通と販売
モノは何とか作れても、その後、大抵苦労するのが、流通と販売だ。Su-Penも例外ではなかった。
Su-Penの価格は2980円だが、外販を利用しようとすれば軽く5000円はオーバーしてしまう計算だという。同社は代理販売のマージンなどが掛からない「AppBankStore」や「Amazon」といったWeb販売の仕組みを使っている。ITが進化・成熟してきた、いまの時代ならではの選択肢だ。こういった仕組みは、従来の一部の企業しか取り組めなかった製品開発・販売の間口を広げている一因といえる
こうした考え方は、MONOistの連載「マイクロモノづくり〜町工場の最終製品開発〜」でも度々取り挙げてきた。その中の記事でも出てきたが、例えば実店舗で販売するとなると、代理店マージンだけではなく、万引きのことまで考慮しなければならない。
需要が少ないとしても、ネット通販ではゆるゆると売っていくことができる。メタモジはアプリケーションという本業の主力製品があるため、Su-Penが爆発的に売れなくて困ることはない。
ところがこのSu-Pen、むしろ売れ行きは絶好調だ。サイトに製品入荷を公開して15分以内に売り切れてしまう状態で、市場の需要に供給がうまく追い付いていない現状だという。そしてこの製品は、小ロット少量の生産というわけではない(具体的な数はここでは明かせないが、決して少量とはいえない数)。そして狙っている層も、決してニッチではない。
まとまった数の在庫が飛ぶようにはけていくのだから、販売的にはひとまず成功といえるが、1つ悩ましい問題があった。
「どうしてすぐに売り切れるのか」「わざとやっているのか」といった、顧客からのクレームだ。
「出し惜しみしているわけではないんです……。本当に間に合わなくて」(植松氏)。
このじらされる状況も、顧客の「買いたい」欲求をよりかき立てている一因のように思うが……、くれぐれも、わざとではないそうだ。
予想外の売れ行きと、同社がアプリ以外の物品販売が初めての経験ということもあって、生産や在庫管理の方法をまさに試行錯誤している最中だという。すぐに売り切れてしまう事態も、なんとか解消しようと対策を講じているとのこと。
ちなみに、Su-Penを購買したい同社社員は、試作品や顧客から返品された製品が割り当てられているような現状ということだ。
「『早く買えるように、ナントカして!』というご意見は、つまり『欲しい』と思っていただいているということですから、本当にありがたい話です」(植松氏)。
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