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シンセシス展で見たアートとモノづくり技術の融合ものづくり系女子が解説! 3Dとアートの進化(2)(1/2 ページ)

現代彫刻家 名和晃平氏の作品は、デジタルとアナログを行き来して作り上げる。今回は、その3次元データ活用について話を聞いた。

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現代彫刻家・名和晃平のシンセシス展

 2011年6月11日から8月28日まで東京都現代美術館で開催された名和晃平氏の個展「シンセシス」。クリスタルビーズで覆われた鹿の作品ポスターを見かけた方もいるのではないだろうか。5万8000人もの記録的な来場者を動員し、多くの雑誌でも特集され、日頃美術館には足を運ばない人々から注目された。

 私自身も会場設営中の陣中見舞いから、個人的に企画した友人を案内してのミュージアムツアーを含め、夏の間は毎週のように東京都現代美術館へ通っていた。作品そのものはもちろんだが、モノづくりの観点から“工法を鑑賞する”こともできる展覧会であった。

 現代美術を軸として活躍する彫刻家・名和晃平氏はデジタル技術の使い手でもあり、シンセシス展に展示した100点を超える作品のうち43点は、3次元データを活用して制作した。素材や工法、スケールもさまざまでミクストメディアと呼ばれるが、彫刻作品でもある。

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名和氏の代表作BEADSシリーズ「PixCell-Double Deer #4」2010 mixed media courtesy of SCAI THE BATHHOUSE photo by Nobutada Omote(SANDWICH)

 「デジタル」と言うと、「データ」や「情報」といった質量のない概念という気がして、立体物の形状で表現される彫刻とは真逆のものにも思えるかもしれない。しかし名和氏の作品においては、それらが一体となり、デジタルとアナログを行き来しながらブラッシュアップされ、最終的にはデジタルデータが立体物としてアウトプットされて彫刻となるのだ。

 デジタルから現実に概念を取り出す制作過程は、彫刻の概念を拡大させる新しさを感じさせる。個展を終えて新たな制作に取り組む名和氏に、モノづくりとアートが交わる独自の制作スタイルについてインタビューさせていただいた。


3次元データで作られた彫刻

 京都市立芸術大学出身の名和氏。彫刻を構成するセルといった概念や、体験者にもたらす視覚に注目し、ドローイングから立体造形、映像作品まで手掛け、表現は実に多彩だ。彫刻とは本来、作家の動きを感じられるような、削る、盛るといった身体性の強い制作活動といえる。名和氏は今回の個展のための制作から触感デバイス「freeform」を導入し、本格的にデジタル制作を取り入れているが、デジタル化した彫刻においても身体性があることを発見したと言う。デジタル制作であっても最終的な素材感やスケールは常に意識しており、freeformを通した触感としてのフィードバックによって一体感を持ちながらデジタル彫刻を実践している。

 名和氏が愛称として「3次元ペンタブ」と呼ぶfreeformは、マウスやキーボードのようなPCそのものの操作ツールではない。アームがつながったペンの部分を握ると、アームから伝わる反力で3次元データの輪郭や表面の凹凸によってテクスチャが感じられる、触れないデジタルデータに擬似的に触ることを可能にするデバイスだ。3次元データを面や線のポリゴン状ではなく、デジタルなクレイのかたまりを扱うような、直感的な操作ができる3次元モデリングシステムとして玩具やジュエリーなど有機的な形状をした製品の設計現場に多く導入されている。

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3次元データに触ることを可能にする触感デバイスfreeform

アートの工房と町工場の連携

 シンセシスでもひときわ目立っていた作品群が、「POLYGON」。最も大きい作品で4メートルにもなるこの巨大な石像のような作品たちは、重厚な存在感とは裏腹に、発泡スチロールの削り出しでできている。巨大なボリュームを打ち消すかのような素材の軽さが、「体積が大きいものは重い」という常識を裏切り、見る人を混乱させる。3次元データで作られた彫刻は、サイズも形も自由自在だ。人間を3次元スキャンしたデータを基にしたこの作品は、洋服の皺(しわ)までそのまま拡大された巨像と、ポリゴン化して輪郭と生命感を鈍化させた虚像と、2つの姿を持っている。その全てが、3次元スキャナでスキャンした人間のデータを基にしてfreeformでデジタル彫刻を施した作品だ。

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青い照明の中に並ぶPOLYGON。右手奥が西武百貨店ショーウィンドウを飾った”Polygon-Double Yana”。「名和晃平―シンセシス」2011年 展示風景、東京都現代美術館。courtesy of SCAI THE BATHHOUSE photo by Seiji Toyonaga(SANDWICH)

 個展の前に渋谷西武百貨店のショーウィンドウを飾った作品は、オーソドックスなマネキンのポーズをとったモデルの像だ。モデルは、マネキンのように爪先立ちの不安定なポーズながら、辛うじてバランスを取っている。3次元スキャナがなければ、モデルは二度と同じポーズを取れず、苦労したかもしれないが、今回はほんの20秒ほど我慢するだけだった。

 彫刻のモデルといえば、普通は動かない。しかし、POLYGONの制作では、モデルは写真の撮影のように次々とポージングを変化させることを要求された。撮影現場は、ファッション雑誌の撮影でもしているかのようなスピード感だった。

アーティストが素材開発

 名和氏は京都に工房を持つが、今回制作に関わったパートナーは日本全国に広がる。作品ごとに加工、仕上げと幾つもの工法が掛け合わされている。その結果生み出される作品には妥協が一切許されず、名和氏が直接、何度でも現場に足を運び納得できる加工方法や素材、仕上げを追求している。私が所属するケイズデザインラボも3次元データ制作において支援をし、協賛させていただいたのだが、そのほかにも大学の研究室や素材メーカーが名を連ねる。これだけ多くの幅広い分野の企業が協賛することは美術展としては非常に珍しいといえる。名和氏がそこまで多くの企業の技術を必要とした理由がある。

 名和氏の代表作でもあり展覧会のメインビジュアルでもあった「PixCell」。鹿のはく製とガラスビーズで構成される作品だが、ビーズをのぞき込むと驚くほどの透明感で、はく製本体の毛並みを映し出している。この透明でありながら、総重量が数100kgにもなるビーズを固定しているゲルは、名和氏が企業と共同開発したものだ。素材開発は10年以上も続け、改良を重ねている。

 アーティスト本人が成分や配合をも把握している素材は、それそのものが作品といえるかもしれない。透明性、接着性を兼ね備えた驚くほど透明で美しい素材だ。水晶玉のようなビーズの球がほとんど垂れ下がる角度でも、しかしさりげなく固定されている。

 聞けばPixCellのはく製とゲル、ビーズという組み合わせも偶然だったという。ある物を持ち込んで使ってみる実験的思考と、よりよい表現を追求して、技術開発もたゆむことはない。まさに発明と実験のたまものだといえる。

 アーティストとして、自身のセンスをあえて開示していくようにも見受けられる名和氏の姿勢。“究極の職人化”ともいえそうな芸術の世界だが、工房や協力する町工場に職能の一部を移植してメンバーと一緒に制作するスタイルは、ある種の分業とも捉えられる。それぞれの役割を持ったプロフェッショナルが集う、スモールチームといえる。

 「彫刻、建築、デザインとジャンルに分かれて特化してきた技術やノウハウが一気にクロスオーバーすることが増えています。ジャンルにこだわらずにさまざまなプロジェクトにかかわることで、表現のレンジが広がります。素材や技法を選ぶ際も、『その表現にとって何がベストなのか?』と考えることを優先し、そのために必要であればフットワークを使って多くの『つくり手』と出会う必要があるんです。アーティストは社会の中で常に自由でニュートラルな存在です。企業間のしがらみやブランド同士のパワーゲームなど、そっちのけで純粋に『したいことをする』だけ。そもそも個人的なモチベーションで動いているため、それが出来るし、恐らく、そういう役割なんだろうと思います」(名和氏)。

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