溶接職人だけどデザインコーディネーター:マイクロモノづくり 町工場の最終製品開発(13)(1/2 ページ)
溶接職人が中心になって取りまとめるデザイン集団。デザイナーたち自らが発想し生み出した商品を自らのブランドで売っていく!
マイクロモノづくりを成立させるためには、製造設備を備えた会社と、製品アイデアを持つ方とのコラボレーションが必須です。
今回は、宇賀神溶接工業所 代表取締役 宇賀神一弘氏のマイクロモノづくり事例を紹介します。埼玉県朝霞市にある宇賀神溶接工業所は、「看板も掛かっていないし、普通の民家?」と思ってしまうような建屋です(以下の写真)。
溶接屋の2代目
1998年、宇賀神氏はそれまで勤めていた大手旅行会社の日本旅行を辞め、宇賀神溶接工業所に入社しました。そして現場で溶接技術を身に付け職人としての道を進みました。
宇賀神氏は3年ぐらい修行した後、毎週土曜日にインテリアデザインを学ぶために専門学校へ通いました。受注仕事をしている従来のスタイルに飽き足らず、「自らデザインした製品を生み出したい!」という思いからでした。
仕事の合間を見つけ、自らデザインした製品を作り、展示会に出展して反響を見てみたところ、「売り上げにつながるかな?」という予想とは少々違う反響があったといいます。
来場するお客さまとのコミュニケーションは当然ですが、出展者同士の“横のつながり”ができたということです。そのコミュニケーションでは宇賀神氏自らが溶接職人という所が強みとなり、デザイナーさんたちから仕事も依頼されるようになったとのことです。
その後、宇賀神氏が展示会へ出展するごとに、そのネットワークは拡がり、強まり、「DESIGN Heart」というブランドチームを構築するに至りました。また、宇賀神氏自身のブランド「WELDICH」も立ち上げ、個人作品を作り出しました。
前職の営業担当業務を通して、「人を巻き込んで企画を立ち上げていく」という素養が身に付いた、というか……、もともと向いていたのでしょう。宇賀神氏はモノづくりネットワークを作り上げ、自らコーディネーター(プロデューサー)兼溶接職人となって、マイクロモノづくりを推し進めていくことになったのでした。
自分でデザインもできる「溶接職人+コーディネーター」というマルチな才能が、マイクロモノづくりを実現しているといえましょう。社長自身はルーチンを黙々とこなすのは苦手とのことで、この多岐に渡る仕事を楽しみながらこなしているそうです。実際、楽しめなければできないぐらいの仕事量で、はた目には苦労をしていらっしゃるように映ります。
展示会に出展するビジネスとしての効果は、「そこで直接商品を販売する」という意味なら、今のところありません。しかし、「そこでコミュニケーションを取ったこと」「来場者や出展者などとのつながり」が、月日がたつとちゃんと仕事になっていくので、そういう意味では、ビジネスとしての十分な効果を実感しているとのことです。
本業は溶接加工業なので、工業系ではありますが、あえて工業系の展示会には出展せず、ニッチを狙ってデザイン系やギフト系の展示会に出展しています。このような展示会では、自社商品を作っていることで、ようやく自社のPRができるということです。これは日本中の中小製造業に重要な示唆があるのではないでしょうか。お客さまの図面で製作したものは、守秘義務という面もあり、なかなか自社のPRには使えません。自社の技術をアピールするには、やはり自社製品を作らなければならないのです。そして自社の技術を買ってくれる方に訴求するようなポイントをアピールできる製品であることも重要です。
作った製品が売れなかったとしても、その製品を見た設計者やデザイナーがインスピレーションをかきたてられるようなら、発注につながる可能性が出てきます。実際宇賀神氏も、最初のころは、“売るつもりの”製品を主に出品していたとのことですが、いまでは、自社技術の特徴を目立たせるような製品も出品するようになったといいます。
ハンドサイクルプロジェクトTRINITY DRIVE
自転車ライターの町田さんが、事故で下半身の自由を失ったことにより、ハンドサイクル作りをしたいと考え、この思いに答える形で宇賀神氏が、デザイナーの柴田さんを巻き込んで実現したのが「TRINITY DRIVE」というプロジェクトです。2011年の9月ごろには販売開始予定とのことです。
ラフなイメージ図を基にデザインし、コストを考慮して、既存の自転車パーツを流用し、何度も試作を繰り返しようやく完成したそうです。もともとは下半身に障害を負った方向けの製品ということではありますが、いわゆる福祉車両といわれる物ではなくて、デザイン性を重視し、障害者ではない方でも利用してもらえるように設計されています。全く新しい乗り物という印象です。
私が乗ってみた感じは、ヒップポイントが低く、結構スピード感があって、コーナーリングではリーンしないので、「運転に慣れが必要かな」という印象です。ただ自転車とは違い、止まっていても転倒しないので、すごくゆっくりとしたスピードで乗れるというところも特長でしょうか。歩いている人と同じ速度で歩める、それでいて結構なスピードも出せるという、いままでにはないタイプの乗り物といえます。
DESIGN HEART
次に、宇賀神氏がコーディネイトするもう1つのプロジェクト「DESIGN HEART」を紹介します。「心」「心臓」「愛情」はもちろん、「勇気」「元気」「熱意」「興味」「核心・神髄」「中心」など多くの意味を持っている「heart」という言葉。「heart」はまさに「心」の形。「形」に「心」が表れるのが、「DESIGN HEART」。それが、このプロジェクトのWebサイトにも書かれているコンセプトです。
デザイナーたちは、誰かから依頼された仕事ではなく、自分たちが発想し生み出した商品を自らのブランドで売っていく。まさにマイクロモノづくりといえる集団です。
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