コンピューティングスタイルの変化に合わせた製品戦略を:本田雅一のエンベデッドコラム(7)(1/2 ページ)
製品戦略を練る上では、利用スタイルの変化や世の中のトレンドを見ながら、既存技術の応用について再検討することも重要だ。技術的な新味がなくとも、実装のアプローチを変えたり、利用者の環境変化によって、まるでまったく新しい技術に基づいて作られたかのような評価を得ることもある。
つい先日のことだ。ある企業の社内セミナーで、筆者は“業界内のルール変化”について話をした。「デジタル」「ネットワーク」といったキーワードが付く業界では、常に市場環境の変化にさらされ続けているが、ここ数年のクラウド型コンピューティングの発展と、それによるアプリケーションサービス、さらにスマートフォンとその派生製品の定着は、特定の業界に限らず、あらゆる業界にさまざまな影響をもたらし始めている。
例えば、2011年1月に米国・ハリウッドへ取材に訪れた際、映画会社やテレビ局といったモノ作りとは縁遠い業界でさえも、こうした一連のデジタルワールドにおける革命が、自分たちの業界にどのような影響を与えるのかについて深く考察しようとしていた。その影響範囲と大きさは、自分の足元を見て判断するよりもはるかに大きなものだとえるだろう。
中心軸のズレに対して、製品戦略全体の軸が変化する
さて、冒頭のセミナーの話に戻るが、ここで筆者は「インテルが提案した“Ultrabook”というコンセプトをどう評価するか?」という質問を受けた。
Ultrabookとは、簡単にいえばMacBook Airのような超薄型・軽量で高速起動、高速レジュームを実現するために必要なスペックを持つハードウェア/ソフトウェアの構成要素を提供するというものだ。そこには、インテル以外のベンダーに、このコンセプトに合うコンポーネントを積極的に開発してもらおうという意図も含まれている。Ultrabookの一部には、Windows 8で本格的に活用されるマルチタッチを用いたユーザーインタフェースの採用が検討されている製品も盛り込まれている。
このUltrabookは1000米ドル以下で提供され、2012年末には40%の普及率が見込まれるとしている。このインテルのもくろみが“にわかには信じ難い”というのは、確かにその通りかもしれない。なぜなら、今世紀に入ってから光学ドライブを内蔵しないPCが、40%も売れた試しは一度もないからだ。
しかし、“業界内のルールが変化したのだ”と考えれば、40%という数字はアグレッシブではあるものの、荒唐無稽とはいえない範囲でもある。“ルールの変化”によって、多くの人が使うPCの中心軸がズレ、それによって好まれるPCも変わってきたということだ。従って、2012年に40%という数字の先には、当然、50%を超えるという目標が言外にあると考えるべきだろう。
その背景にあるのが、モバイル指向の高まりとクラウド型サービスやネットワークを通じたオンデマンドのコンテント配信といったトレンド、それにWindows 8のタブレット向けユーザーインタフェースの導入である。Windows 8には、Zuneで開発されWindows Phone 7で花開いたMetroユーザーインタフェースのエッセンスが盛り込まれ、HTML5ベースのCPUアーキテクチャから独立したアプリケーション、マルチタッチユーザーインタフェースなどで、手軽なコンテントプレーヤーとしての使い方も積極的にサポートしている。
要はスマートフォンの流行やiPadの隆盛を背景に、PCとWindowsがスマートフォンの長所を積極的に取り入れようとしているということだ。もちろん、最終的な実装がどのように終息していくかは、技術トレンドだけでなく利用者自身が決めていくことだが、“中心軸のズレに対して、製品戦略全体の軸が変化する”とインテルは読み、実際にコンポーネントレベルでの開発に力を入れているのだ。恐らくは、近い将来“おおむねそういったトレンドになる”と考えておくべきだろう。
製品戦略全体を見直す時期に来ている
さて、なぜこのような話を延々としてきたかというと、「製品そのものの考え方、商品としてのまとめ方、機能を組み立てていく上での優先順位などを、あらゆるデジタル製品が見直す時期に来ているのではないか?」と筆者が感じているからだ。
本コラムを読んでいる方ならば、「モバイルファースト戦略」という言葉をご存じだろう。これは製品ではなく、Webサービスやコンテンツのユーザーインタフェースを、まず画面が小さくユーザーインタフェース要素が少ないモバイル機器(主としてスマートフォン)向けに設計し、その後で、一般的なWebサイトのデザインへと発展させるという手法だ。
この手法が誕生した背景には、モバイル機器からのWebサービスの利用者急増と、より利用シナリオ重視のユーザーインタフェース設計が求められるモバイル機器を最初に決めた方が全体の整合性を取りやすいという理由などがあると推察される。
しかし、もとをただせば、このモバイルファーストの考え方は利用者のコンピューティングスタイルが変化したことによるものだ。つまり、この変化に対し、どのように商品を企画すべきかを考えていくことで、製品戦略全体の見直すことができるといえる。それは、日本企業にとってそう難しいことではない。なぜなら、モバイルファーストという標語を用いなくとも、従来、日本の製品戦略において、携帯電話は常に意識するべき存在だったからだ。
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