「歩行型ロボットは確かにカッコいい。しかし……」――お掃除から軍事用まで手掛けるiRobot社のロボット開発:福島第一原発/被災地で活躍するロボット(1/3 ページ)
福島第一原子力発電所 原子炉建屋内の放射線量や温度・湿度などの調査に、お掃除ロボット「Roomba(ルンバ)」を手掛ける米iRobot社の軍事用ロボットが導入され話題を呼んだ。本稿では、同社が家庭用から軍事/産業用といった異なる用途のロボット開発に取り組むに至った経緯と、同社CEOが語る日本のロボット開発について紹介する。
2011年4月17〜18日、東京電力(以下、東電)は福島第一原子力発電所の1〜3号機に、原子炉建屋内の放射線量や温度・湿度を測定する目的で、遠隔操作で動く多目的作業ロボット「510 PackBot(パックボット)」2台を導入した。調査後、東電から公開された原子炉建屋内部の画像や動画が報道番組などで取り上げられていたため、この“PackBot”の名を耳にした人も少なくないだろう。
PackBotは、日本でも販売されている自動掃除機「Roomba(ルンバ)」の開発・販売を手掛ける米iRobot社の軍事/産業用の製品の1つである。爆弾処理や危険物探査、危険地帯潜入および調査など、危険を伴う役割を人間に代わって行うPackBotは、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)の資金供与により開発が行われた軍事/産業用ロボットだ。
同社の軍事/産業用ロボットは他にも、地雷探査やピラミッド発掘、海洋調査などに幅広く活躍されている。また、日本でもおなじみの家庭用自動掃除機ルンバは、世界40カ国以上で販売されており、累計出荷台数約400万台(ルンバを含めた同社の家庭用ロボットの出荷台数は約600万台:2011年2月発表時点)を超えるヒット商品となっている。
一体どのような背景があって、同社が家庭用や軍事/産業用といった異なる用途のロボット開発に取り組むことになったのだろうか。本稿では、iRobot社設立の背景やルンバやPackBotが製品化されるに至ったいきさつ、そして、同社CEOが語った日本のロボット開発について取り上げる(補足)。
“クール(=かっこいい)”だけではなく、人の役に立つロボットを
同社は、マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)で人工知能研究を進めていたロドニー・ブルックス氏と、彼の教え子であったコリン・アングル氏とヘレン・グレイナー氏の3人によって1990年に創設された。
「学生時代は、“クール(=かっこいい)”なモノを作りたいと考えていた」と語るのはコリン・アングル氏だ。同社の共同設立者の1人であり、現CEOであるアングル氏は、創立20周年を迎えて、2010年10月に来日し会見を行い、同社の歴史やロボット開発秘話などについて説明した。
「MITでのロボット開発は、とてもエキサイティングだったけれど、“Cool is not enough(かっこいいだけでは駄目なんだ)と気が付いた」とアングル氏。1960年代に米国で大変人気のあったアニメ「宇宙家族ジェットソン(原題:The Jetsons)」に登場するお手伝いロボット“ロージー”を例に挙げ、「人間の代わりになって、あらゆる要望に応えるための仕事をしてくれるロージーは、MITで開発するどのワーキングロボットよりも人間に役に立っていた。ロージーのように『クールなだけではなく、人の役に立つロボット』を社会に送り出したいと考え、会社を設立した」と説明する。
ちなみに、社名の“iRobot”は、米国の有名なSF作家アイザック・アシモフ氏による小説「われはロボット(原題:I, Robot)」にインスパイアされたものだという。
人間の代わりに「退屈」「不衛生」「危険」な作業を行う製品
同社の2010年度の売上高は、およそ4億ドル(約324億円)に上り、これまでに通算約10億ドル(約811億円)以上を売り上げ、さまざまなロボットを世に送り出してきた(2006年には、NASDAQ上場も果たしている)。しかし、「最初から成功を収めていたわけではなかった」とアングル氏はいう。
設立当時は、地球外探査を目的とするロボット研究などを手掛けており、1991年にはiRobot社初のロボット「Genghis(ゲンギス)」を開発した。6本足の自律歩行ロボットで、現在はスミソニアン国立航空宇宙博物館に展示されている。
「1990〜1998年の間、そのほとんどの時間を技術開発に費やしたが、収益が上がらずに苦しい状況が続いていた。会社設立当初はまだ、いわゆる見た目のロボットらしさなどにもこだわっていたため、本当の意味での実用性や製品化にはつながっていかなかった」とアングル氏は語る。
その間に「14のビジネスモデル」を考案し、中には製品化されたものもあったが、パッとせずに市場から消えていった。だが、そこから多くを学んだのだという。「開発を進めるうちに、人間の嫌がる『Dull(退屈)』『Dirty(不衛生)』『Dangerous(危険)』な作業を代替えするというところに需要があると気が付いた」とアングル氏。
1つの転機となったのは、1997年にDARPAからの資金供与を受けて開発した多目的作業用ロボット「Urbie(アービー)」だ。このUrbieをベースに、さらに進化・発展させたものが冒頭で紹介したPackBot。PackBotは、これまでに紛争地域に対して3500台が導入されている。例えばイラクでは、街の路肩に仕掛けられた爆弾によって多くの米軍兵士が命を落としていたが、PackBotの爆弾処理によって犠牲者が減少し、その功績をたたえられ、米軍より感謝状が贈られたそうだ。
また、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件(9.11多発テロ)の際の人命救助にも貢献している。筆者自身、米国の犯罪捜査系のドラマで爆弾処理にPackBotが登場するシーンを何度か観たことがあるが、ドラマの中だけの話ではなく、こうした多くの実績・成果を実際に挙げているのだ。
「私たちのロボットによって、何千人もの人命が救われたということについて誇りを持っている」と、会見の中でアングル氏は述べていた。
政府や産業界との契約によって、より実用的で、より説得力のある技術開発が可能になり、また収益にもつながり、ビジネスが回り始めたアングル氏たちは、技術開発の方向性を、人々の生活に“直ちに”貢献できることにフォーカスを当てていった。
そして、現在では地上偵察用の「Negotiator(ネゴシエーター)」「Warrior(ウォリアー)」や、遠隔操作によって水中調査を行う「Seaglider(シーグライダー)」、さらには「Ranger(レンジャー)」といったロボットが、用途に応じて製品化されている。
同社は、開発者キットや技術情報の公開、サポートも行うなどサードパーティーへの取り組みにも積極的で、モジュラーやソフトウェア、オプションの種類なども非常に豊富だ。また、別売りのアクセサリーには、アップグレード用のアンテナやセンサー、バッテリーチャージャーなどの他に、専用のキャリーバックや、まるで家庭用ゲーム機のコントローラーのようなリモコンなども含まれている。
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