サプライチェーンのリスク管理、阻害要因とその克服:リスク対応で見る企業の“明暗”(2)(4/4 ページ)
平時在庫のミニマム化とリスク管理は両立可能か? 相反する課題を同時に解決するには高度な情報化が必須だ。筆者の提唱するリスク管理のメソトロジーを紹介する。
5. 今後に向けて
今回の震災では多くの企業が打撃を受けました。筆者は、再び同じことが起こらないように、リスクをコントロールできるインテリジェントなサプライチェーンの確立が急務であると考えています。
近年、高度な分析やモデリング技術によって、意思決定者が非常に複雑なリスクや制約に対しての選択肢を評価することが容易になってきました。こうした技術を活用すれば、あらゆる洞察を実際のアクションにつなげ、付加価値を生み出すことができるようになることでしょう。複雑な情報から来るべきシナリオを読み解き、より厳密で正確な計画を実現する“インテリジェンス”を組み込むことでサプライチェーンマネジメントは意思決定支援から意思決定主体へと変化していくだろうと筆者は予測しています。
これからのサプライチェーンマネジメントでは、次の要素が重要となっていくことでしょう。
1)相互接続 サプライチェーンパートナーと連携してリスクに備える。世の中は相互に接続されつつあり、ヒト、モノ、システムはお互いに接続され、新しい形の連携が可能になる。企業間をまたがりデータとプロセスを統合し、リスクの監視能力を向上し、かつ、企業間でリスクを分散する。企業間のサプライチェーンを接続するだけにとどまらず、輸送システム、金融市場、電力供給網、あるいは河川や天候パターンのような自然体系とも接続する。RFIDなどのセンサー技術の低価格化と信頼性の向上により、ほぼ全ての活動やプロセスを測定することができるようになった。人間の介在なしにシステム全体を接続することが可能になってきている
相互接続は次の機能を提供する
- 回復力に優れた戦略レベルのサプライチェーン・ネットワーク設計
- 柔軟なコンティンジェンシー計画/方針に基づくネットワーク統合
- 財務分析/オペレーション分析の統合、その結果の共有
- サプライヤー、サービス・プロバイダー、および製造委託先との共同でのリスク戦略/方針
- 設計から消費、リサイクル・廃棄に至る製品ライフサイクル全体にわたる企業の壁を越えて連携されたサステナビリティー方針
2)インテリジェント化 高度な予測能力によってリスクに備える。インテリジェント・システムが、最適解のシミュレーションにより意思決定を支援する。無数の制約条件や選択肢を評価する。シミュレーションによりコスト、サービス・レベル、時間、品質面の影響を短時間に検証することができる。供給が途絶した場合は、サプライチェーン・ネットワークの再構成を行う。あるいは、ネットワークを通じて、生産設備、物流施設、輸送車両といった物理的な資産をオンデマンドで使用することも可能となる
インテリジェント化は次の機能を提供する
- 確度に基づくリスク評価と予測分析
- リスクに基づく財務影響分析
- リスクを織り込んだ在庫の最適化
- 災害対応シミュレーションモデル
- ベイズ確率(注)などを活用したサプライチェーンリスク分析および軽減モデル
注)ベイズ確率理論とは、ランダムな事象が生起する頻度としての確率(頻度主義的な狭義の確率、客観確率)に加えて、ある命題のもっともらしさ、あるいはその根拠となる信念・信頼の度合を表す数値としての確率(主観確率)をも含めた広義の確率のこと(Wikipedia 日本語版より抜粋して引用)。
高度なモデリング/シミュレーション能力を備えておけば、サプライチェーンのマネジメントはセンス&レスポンド(検知&反応)からプレディクト&アクト(予知&行動)へと移行することができます。いま発生したイベントに後追いで対処するのではなく、過去の実績やデータ、サプライチェーン末端までの情報を統合的に監視し、計画変更の影響がどのようであるか、数週間先の状況がどうなるかが一定の高い精度でシミュレーションして検証し、最適な方法をいち早く検討できるようになるでしょう。
また、こうしたシステムは、突発的な危機への対応力を高める一方で、高度な分析・解析能力を駆使することで、一部の意思決定を自動化できるようになります。例えば、大災害とはいわずとも、ちょっとした天候の変化や物流上の問題などといったイベント発生時の判断は、ある程度パターンとして処理できるようになります。この結果、人間が介在する必要性が減り即応性が高まることが期待できます。
情報システムというと、画一的な印象が強いかもしれませんが、現在の情報システムの能力は非常に人間的な、柔軟な要素を持ち始めています。こうした柔軟性はコスト変動の影響を、自動的に打ち消すといった処理にも活用できます。
今後、震災の教訓から、サプライチェーン管理の在り方、不測の事態への対応として、こうした方向に進む企業が増えてくると筆者は予測しています。
世界がこれまでとは異なる姿に変わってきている中、これまでとは異なる種類のサプライチェーン、より高度で“スマートな”サプライチェーンが出現しつつあるのではないでしょうか。
筆者紹介
毛利光博(もうり みつひろ)
日本IBM 戦略コンサルティンググループ
(http://www-06.ibm.com/services/bcs/jp/solutions/scos/consul/mouri.html)
製造業、外資系コンサルティング会社を経て日本IBMに入社。現在、グローバルサプライチェーンの責任者として活躍中。IBMの変革の経験と自分自身の製造メーカーおよび海外経験から、グローバルに展開する企業のロジスティクスのマネジメント手法を確立。構想策定からシステム導入まで幅広いプロジェクト経験を所有し、顧客の変革プロジェクト、執筆、講演と幅広く活動中。
海外の現地法人は? アジアの市場の動向は?:「海外生産」コーナー
大手だけでなく、独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- リスク対応で見る企業の“明暗”(1):“全世界生産停止”を防ぐサプライチェーン管理
東日本大震災から1カ月。災害後の復旧状況は各社各様ですが、この差はどこから生まれてきたのでしょうか。予期せぬサプライチェーン分断に、どう立ち向かうべきかを前例を交えて考えていきます。